『維新史』 維新史 2 p.399

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二島津齊彬の尊王思想, 一に忠熙を通じて朝議を動かさうと欲したからである。抑島津家と近衞家と, と述べたものであつた。又同時に堀田正睦に對しても書を送つて、慶喜の人物, 島津齊彬が夙く尊王の赤誠を朝廷に捧げたのは、專ら近衞忠熙の斡旋に因つ, の關係は、其の由來する所甚だ古く、遠く〓倉時代の初、遠祖忠久が關白近衞基通, は齊昭とは格別の相違があること、繼嗣決定の上は、齊昭が幕政に容喙するを排, たのであつた。繼嗣問題が起るに及んで、齊彬が京都に運動するに至つたのも、, すべきことを述べ、「夫さへ御處置に相成居候へば、御掛念は無之と奉存候」とて、其, の十六箇條を幕府に建言したが、冒頭先づ朝廷尊崇のことを擧げ、續いて第二條, の周旋を依囑した。而して翌五年正月二十四日、齊彬は方今急務と目すべきも, に於いて「西城建儲之御事、速に被仰出度事」として、依然繼嗣問題の急務なること, を力説したのであつた。, 者諸侯以下萬民之心を御固め被遊候御儀、征夷之御當務と奉存候。, 近衞家, 島津家と, 第三章將軍繼嗣問題の紛爭第二節繼嗣問題の發展, 三九九

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  • 近衞家
  • 島津家と

  • 第三章將軍繼嗣問題の紛爭第二節繼嗣問題の發展

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  • 三九九

注記 (17)

  • 785,1000,58,718二島津齊彬の尊王思想
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