『維新史』 維新史 2 p.387

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が故に外ならなかつた。, を折角御つゝしみ御座候樣、被仰上候て可然と奉存候」と申し送り、慶喜が聊か驕, を知つて喜び、翌月二日慶永に「實に早く西城と奉仰候御人物、しかし御慢心の處, 當つて、端なくも阿部正弘は病死して、慶永等は支柱を失ふに至つた。又是を齊, 齊昭と疎遠にすることこそ、却つて繼嗣問題を有利に導く所以であることをも, 十七日齊彬は始めて慶喜に會つたが、其の果して繼嗣たるに足るべき人物なる, る評判亦可ならざるを顧慮し、齊昭の介在を以て慶喜擁立の運動に不利とした, 策と信じたが故で、正弘と謀議の結果であつたともいふ。越えて翌四年三月二, 昭に就いて言へば、彼が大奧より指彈せられた原因は頗る古く、遠く天保九年齊, 警告してゐるが、これ當時齊昭が幕閣より忌憚せられること甚しく、大奧に於け, 慢の心あることを遺憾となし、之を直諫せんことを勸説した。尋いで又慶永に, 昭が幕府の經費節減を唱へて、奧向の事に迄言及したのに端を發するが、斯かる, 慶喜擁立の運動が一橋黨ともいふべき諸大名の間に畫策せられてゐた時に, つて實現した。其の意圖は慶喜の問題を敬子より將軍に説かしめることを得, 一橋黨の, 形勢不利, 第三章將軍繼嗣問題の紛爭第一節一橋黨と南紀黨の運動, 第三章將軍繼嗣問題の紛爭第, 三八七

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  • 一橋黨の
  • 形勢不利

  • 第三章將軍繼嗣問題の紛爭第一節一橋黨と南紀黨の運動
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  • 三八七

注記 (19)

  • 817,581,60,667が故に外ならなかつた。
  • 1392,576,78,2278を折角御つゝしみ御座候樣、被仰上候て可然と奉存候」と申し送り、慶喜が聊か驕
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