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ある。, 三島津齊彬の京都手入, 見を披瀝した。是に於いて繼嗣問題は京都にまで波及することとなつたので, せしめられるやう配慮ありたき旨を述べた。而して三條實萬に對しても、同意, 議を閣老に建言せしめて置いたが、未だに公表を見ないから、内勅を幕府に降下, 安政五年正月六日、島津齊彬は近衞忠熙に書を送つて、一橋慶喜を將軍繼嗣に, 擁立せんとする己れの微衷を訴へ、紀州慶福・田安慶頼も亦近親であるけれども、, 其の才能は到底慶喜に比し難い。仍つて豫てより松平慶永をして慶喜推戴の, 年四月江戸を發して歸藩の途に就くや、二十日忠熙を櫻木邸に訪ひ, が國家の爲に挺身奉公を期するの念は愈〻切なるものがあるに至つた。安政四, 其の子忠房及び三條實萬等と共に時事を談じた。繼嗣問題に對する齊, 是より先、朝廷に於かせられては、將軍家定の人と爲りを聞し召され、國歩艱難, 彬の活動は、實に其の結果である。, を以て右大臣よ, 忠熙、同年正月, り左大臣, に進む。, 條實萬入, 衞忠煕三, 齊彬の近, 説, 第五編朝幕の乖離, 四〇六
割注
- を以て右大臣よ
- 忠熙、同年正月
- り左大臣
- に進む。
頭注
- 條實萬入
- 衞忠煕三
- 齊彬の近
- 説
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- 第五編朝幕の乖離
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- 四〇六
注記 (23)
- 368,545,49,124ある。
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- 460,542,71,2281見を披瀝した。是に於いて繼嗣問題は京都にまで波及することとなつたので
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