『維新史』 維新史 1 p.497

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住より言語に迄も波及した。, ものがあり、航海術も亦一部には傳へられたものの如くである。當時の末次船, 荒木船の如く、畫かれて今日に殘つてゐるものに、西洋船型の加味せられてゐる, た者もあつたと云ふ。佐賀に居城した鍋島氏が南蠻帽子を、平戸に居城せる松, のを見る。採鑛法も亦輸入せられたといふ。衣類に就いて見るに、織物として, 浦氏が南蠻笠・猩々皮・胴服を豐臣秀吉に贈つたが如きは、如何に西洋風俗の流行, したかを知るに足るといふべきである。興味の點より云へば、大友義鎭・黒田孝, 鐵砲と印刷術との外に造船術も傳はつて、邦船にも西洋技術の加味せられた, ある。既に鐵砲も使用せられてゐたので、武士の間には南蠻胴系の鎧を著用し, 高・黒田長政・細川忠興・立花宗茂等の諸大名及び兵學家人見下齋が、羅馬字の印を, 紗等も我が國に傳はり、ジバン・カツパ・メリヤス・ボタン等の言葉も行はれて、所謂, は慶長の頃天鵞絨が市場に現れ、又紗綾・棧留縞・辨柄縞・茶宇縞・金巾・呉絽服・羅紗・更, を經てゐて、此の間には西洋文明の我が國に入つたものも頗る多く、民間の衣食, と稱するものには、我が國人でズボンを穿いてゐる者が, 南蠻屏風, 御物南蠻寺屏風等, 駿河英長寺舊藏現, 被服, び言語, 羅馬字及, 航海術, 造船術, 第二章外警と國民の覺醒第三節西洋文化の移入, 四九九

割注

  • 御物南蠻寺屏風等
  • 駿河英長寺舊藏現

頭注

  • 被服
  • び言語
  • 羅馬字及
  • 航海術
  • 造船術

  • 第二章外警と國民の覺醒第三節西洋文化の移入

ノンブル

  • 四九九

注記 (24)

  • 1725,570,54,802住より言語に迄も波及した。
  • 1503,569,58,2269ものがあり、航海術も亦一部には傳へられたものの如くである。當時の末次船
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  • 704,572,58,2267た者もあつたと云ふ。佐賀に居城した鍋島氏が南蠻帽子を、平戸に居城せる松
  • 1283,570,56,2263のを見る。採鑛法も亦輸入せられたといふ。衣類に就いて見るに、織物として
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