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崎に至つて研鑽を積み、歸府して天明八年, 之に加はり、遂に其の醫書の全譯に成功して「解體新書」と題して之を刊行するに, 宿本石町長崎屋に於いて相識るに及び、交を厚うし、明和八年, の語學書で蘭學入門の書であるが、蘭學の發達には頗る貢獻したものである。, のに驚き、協力して同書を飜譯しようとし、次いで桂川甫周・中川淳庵・嶺春泰等が, ゐた。, 見來れば蘭學を仲介として、西洋文明は天文暦數・醫學・語學の三方面より入り, 至つた。他に良澤の著述に成るものに、「和蘭譯文略「蘭譯大成「和蘭譯筌「字學小成」, 等があり、杉田・前野に教を受けた者には仙臺藩士大槻玄澤がある。玄澤は後長, る和蘭醫書を參照して江戸小塚原の腑分を實見して、其の記述の正確で詳細な, 來つた。而して漸く實學流入の端緒が開けたとはいへ、鎖國の制は尚嚴かに存, 良澤と時を同じうして若狹小濱藩醫杉田玄白が蘭學に志し、甲比丹の江戸定, 「和蘭文譯「和蘭櫻木一角考」等數部に及んだ。而して其の學は豐前中津の人前野, の繼承する處となつた。此の頃野呂元丈が、亦同じく此の蘭學に志して, 共に所持す, 良澤, 「蘭學楷梯」を著述した。是は一, 西暦一七, 八八年, 西暦一七, 七一年, 蘭, 化, 前野良澤, 大槻玄澤, 拘束, 杉田玄白, 鎖國令の, 第三編鎖國政策の破綻, 五〇六
割注
- 西暦一七
- 八八年
- 七一年
- 蘭
- 化
頭注
- 前野良澤
- 大槻玄澤
- 拘束
- 杉田玄白
- 鎖國令の
柱
- 第三編鎖國政策の破綻
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- 五〇六
注記 (30)
- 560,588,70,1192崎に至つて研鑽を積み、歸府して天明八年
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- 1248,592,76,1739宿本石町長崎屋に於いて相識るに及び、交を厚うし、明和八年
- 437,586,77,2225の語學書で蘭學入門の書であるが、蘭學の發達には頗る貢獻したものである。
- 1010,592,80,2270のに驚き、協力して同書を飜譯しようとし、次いで桂川甫周・中川淳庵・嶺春泰等が
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- 326,645,78,2214見來れば蘭學を仲介として、西洋文明は天文暦數・醫學・語學の三方面より入り
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- 1356,655,78,2216良澤と時を同じうして若狹小濱藩醫杉田玄白が蘭學に志し、甲比丹の江戸定
- 1698,585,91,2288「和蘭文譯「和蘭櫻木一角考」等數部に及んだ。而して其の學は豐前中津の人前野
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