『維新史』 維新史 1 p.663

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の批准書は未だ作成せられず、止むなく四月朔日長崎奉行荒尾成允, 永井尚志と共に、スターリングと長崎西役所に於いて會見し、批准交換の時期を, 附し、且つ令して條約文中「大日本國帝」とあるを都べて「大君」と改めしめた。, も、批准交換を待つ間、我が北海に遊弋して、箱館に出入せる事も兩三度に及び、箱, 同年八月と約定した。茲に於いて英艦は再航を約して長崎を去つて箱館に向, に對し、得撫・樺太兩島の所屬を知, つた。, 此の頃英國軍艦の我が國沿岸に出沒するもの實に夥しく、殊に箱館は英艦の, 送迎に遑なく、又陸奧沖に遊弋するものも頗る多かつた。スターリングの如き, 要に應ずるには充分であるとの意見が勝を制し、安政元年十二月六日, て再び長崎に入港し、和親條約本書の批准交換を要求した。然るに當時我が國, 館碇泊中、六月三日には箱館奉行竹内保徳, を以て、正式に批准の手續が取られた。, 幕府は四月九日阿部正弘以下老中連署の批准書を作成し、之を長崎奉行に送, 依つてスターリングは、安政二年三月二十四日、ウヰンチエスター號に坐乘し, は目付, 下野, 年一月二十一, 西暦一八五五, 石見, 守, 守, 渡來, スターリ, 英艦の出, ングの再, 沒, 第三章開國第四節日英・日蘭和親條約の締結, 六六五

割注

  • 下野
  • 年一月二十一
  • 西暦一八五五
  • 石見

頭注

  • 渡來
  • スターリ
  • 英艦の出
  • ングの再

  • 第三章開國第四節日英・日蘭和親條約の締結

ノンブル

  • 六六五

注記 (29)

  • 1413,564,62,1924の批准書は未だ作成せられず、止むなく四月朔日長崎奉行荒尾成允
  • 1298,555,63,2278永井尚志と共に、スターリングと長崎西役所に於いて會見し、批准交換の時期を
  • 833,558,60,2093附し、且つ令して條約文中「大日本國帝」とあるを都べて「大君」と改めしめた。
  • 502,566,60,2272も、批准交換を待つ間、我が北海に遊弋して、箱館に出入せる事も兩三度に及び、箱
  • 1183,559,63,2276同年八月と約定した。茲に於いて英艦は再航を約して長崎を去つて箱館に向
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  • 1067,563,53,121つた。
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  • 610,559,59,2273送迎に遑なく、又陸奧沖に遊弋するものも頗る多かつた。スターリングの如き
  • 1870,556,63,1996要に應ずるには充分であるとの意見が勝を制し、安政元年十二月六日
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