『維新史』 維新史 4 p.365

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の旗本・御家人の子弟及び西國諸藩の有志者にも入學を許し、軍艦奉行並勝義邦, 山・囘天・開陽・長鯨・美加保等十數艘の多きに及び、幕府海軍の威容は一段と増すに, 山艦上に於いて海軍學術の傳習を行ひ、次いで更に英國公使パークスに委囑し, に至つた。併し海軍教育は刻下の急務であつた爲に、幕府も之に留意し、慶應元, 嫌疑を受けて、江戸に召還の上免職せられ、同所も翌慶應元年三月廢止せられる, をして總管せしめた。來り學ぶ者には、土州藩士坂本龍馬・熊本藩士横井佐平, 年の正月より四月に亙り、佛國海軍士官バリーを聘して、横濱港繋泊の軍艦富士, に海軍操練所を開設し、大坂船手を廢して、所管一切を此處に移し、また長崎製鐵, 所をこれに附屬せしめ、觀光丸・黒龍丸を使用船と爲した。斯くて京坂地方在住, 練所が設けられ、海軍教育に當つてゐたが、元治元年五月に至り、幕府は更に神戸, 至り、從つて又海軍教育は大いに振興せられた。是より先、江戸には築地軍艦操, 所載の船譜に依れば、此の期間に幕府が米・蘭・英の各國・から購入した艦船は、富士, 太・紀州藩士伊達小次郎, て同國より教官を招聘することとなつた。翌二年十二月幕府は老中格稻葉正, 等があつた。然るに同年末には、義邦は激徒養成の, 後陸奧, 宗光, 海, 舟, 教官の招, 英國海軍, 操練所, 神戸海軍, 構, 第三章新條約國と西洋文化の移入第四節陸海軍の改編と新兵術の〓用, 三六五

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  • 後陸奧
  • 宗光

頭注

  • 教官の招
  • 英國海軍
  • 操練所
  • 神戸海軍

  • 第三章新條約國と西洋文化の移入第四節陸海軍の改編と新兵術の〓用

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  • 三六五

注記 (26)

  • 1197,558,59,2277の旗本・御家人の子弟及び西國諸藩の有志者にも入學を許し、軍艦奉行並勝義邦
  • 1777,556,60,2276山・囘天・開陽・長鯨・美加保等十數艘の多きに及び、幕府海軍の威容は一段と増すに
  • 484,551,60,2278山艦上に於いて海軍學術の傳習を行ひ、次いで更に英國公使パークスに委囑し
  • 716,551,60,2284に至つた。併し海軍教育は刻下の急務であつた爲に、幕府も之に留意し、慶應元
  • 835,544,59,2284嫌疑を受けて、江戸に召還の上免職せられ、同所も翌慶應元年三月廢止せられる
  • 1076,618,60,2211をして總管せしめた。來り學ぶ者には、土州藩士坂本龍馬・熊本藩士横井佐平
  • 601,551,58,2280年の正月より四月に亙り、佛國海軍士官バリーを聘して、横濱港繋泊の軍艦富士
  • 1429,555,59,2281に海軍操練所を開設し、大坂船手を廢して、所管一切を此處に移し、また長崎製鐵
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  • 1543,546,58,2286練所が設けられ、海軍教育に當つてゐたが、元治元年五月に至り、幕府は更に神戸
  • 1660,552,59,2283至り、從つて又海軍教育は大いに振興せられた。是より先、江戸には築地軍艦操
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