『大日本古文書』 幕末外国関係文書 2 嘉永6年8月~同年9月 p.200

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

無き故の過と、識者の深計き知り難けれと存られ候、, ならす、又海岸に砲臺なたれは、軍艦を助け難し、軍艦と砲臺とは、相救應すへ, 異船より大煩一發をうたるゝ時き、明神崎の砲臺は、一火臺と成て、片時も持, 其機を計りて、本船を離れ、明神崎の砲臺に登り、浦賀湊中を眼下に見て發砲, 爲に便宜よからしめ、湊内防きの爲にき、大害を生せしめしは、全く勝負氣の, し、戰爭に及はゞ、何を以て彼に敵すへきや、前にも記する如く、内地へ乘入る, こたゆる事能はす、耻を知り義を重する忠節の士は、只空く燒死すべし、臭戎, き大切の備之、且堅實の軍艦數十艘を備へ、要地の海岸に砲臺を築造し、互に, 異船を打事も能はす、湊内の警衞にも成ましきを思ひ計らざりしにや、明神, 審にせねば、無用の器なり、竊に聞く、此頃浦賀に於て、西洋舶の如く檣三本ニ, 崎は、海手よりは、一歩も登るへのらさりし嶮岨の山なりしを掘崩し、臭戎の, 軍艦はなくは有へのらさるの器也、軍艦なを地には、海岸の砲臺を援くる事, よ〳〵打事能ふましく、兵家にいうあい横矢の場にも心付ざるが如し、其上, 安のるたし、され共、此軍艦の製作き、劇急の術にあらぬと、意外の得失あるを, 相救あふて防禦せは、内地へ乘入る異船を富津觀音崎の内ニて喰ひ留る事, 西洋舶ニ, 浦賀ニテ, 軍艦製造, 擬シテ軍, ノ必要, 嘉永六年八月, 二〇〇

頭注

  • 西洋舶ニ
  • 浦賀ニテ
  • 軍艦製造
  • 擬シテ軍
  • ノ必要

  • 嘉永六年八月

ノンブル

  • 二〇〇

注記 (22)

  • 913,596,56,1579無き故の過と、識者の深計き知り難けれと存られ候、
  • 679,598,58,2271ならす、又海岸に砲臺なたれは、軍艦を助け難し、軍艦と砲臺とは、相救應すへ
  • 1729,598,61,2288異船より大煩一發をうたるゝ時き、明神崎の砲臺は、一火臺と成て、片時も持
  • 1494,595,61,2291其機を計りて、本船を離れ、明神崎の砲臺に登り、浦賀湊中を眼下に見て發砲
  • 1028,597,59,2280爲に便宜よからしめ、湊内防きの爲にき、大害を生せしめしは、全く勝負氣の
  • 1377,602,61,2279し、戰爭に及はゞ、何を以て彼に敵すへきや、前にも記する如く、内地へ乘入る
  • 1611,602,60,2281こたゆる事能はす、耻を知り義を重する忠節の士は、只空く燒死すべし、臭戎
  • 562,596,60,2286き大切の備之、且堅實の軍艦數十艘を備へ、要地の海岸に砲臺を築造し、互に
  • 1261,593,59,2290異船を打事も能はす、湊内の警衞にも成ましきを思ひ計らざりしにや、明神
  • 212,595,60,2271審にせねば、無用の器なり、竊に聞く、此頃浦賀に於て、西洋舶の如く檣三本ニ
  • 1144,595,60,2283崎は、海手よりは、一歩も登るへのらさりし嶮岨の山なりしを掘崩し、臭戎の
  • 796,596,58,2291軍艦はなくは有へのらさるの器也、軍艦なを地には、海岸の砲臺を援くる事
  • 1847,607,58,2273よ〳〵打事能ふましく、兵家にいうあい横矢の場にも心付ざるが如し、其上
  • 328,598,59,2286安のるたし、され共、此軍艦の製作き、劇急の術にあらぬと、意外の得失あるを
  • 445,598,59,2287相救あふて防禦せは、内地へ乘入る異船を富津觀音崎の内ニて喰ひ留る事
  • 226,322,41,157西洋舶ニ
  • 271,320,40,161浦賀ニテ
  • 827,319,42,169軍艦製造
  • 181,318,42,169擬シテ軍
  • 783,323,40,123ノ必要
  • 1963,749,46,334嘉永六年八月
  • 1963,2491,43,116二〇〇

類似アイテム