『大日本古文書』 幕末外国関係文書 2 嘉永6年8月~同年9月 p.205

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船を打、舘浦にも、浦賀の如く山手ニ引上て備を設け、同湊口の船ゟ、上陸の兵, に急に應する利便を計り、勝負氣を專にし、机上の論を捨て、砲臺も御築造に, を遷し、濱町地藏堂河岸の町屋と舘浦の御船屋と御米藏とは、先年御埋立ニ, 相成らは、製造ニ違ふ所なく、堅實に出來すへし、夫も急に乘する事は難けれ, 相成りし新地之地に遷し、臭戎湊口ゟ乘入、且は上陸せんとする時は、政府の, く築造し、非常の陣營にかはるへくし、與力同心の居小屋も、同しく當時の地, 府を吉井の地ニ移し、築地の繩張を以て、四方土手をつき、柵を結ひ、陣城の如, 成るゑく、かく豫しめ備を設、策を定置て、〓蘭人ニ命せられ、西洋の軍艦フレ, は、是迄皇國の軍船の形も取交て、御製造ニ相成、軍艦と砲臺の相救ひ相共, 相成らは、外寇の來り侵すの愁は安んす〓く候、戰爭に及ひ、亦戰爭に不及共, 數日對陣せんに、今皇國太平に馴れし兵を以て、元龜天正の際の戰爭に馴, をうたば、必防事安かるへし、吉井に陣營あるをもて、衆人心丈夫ニ、防禦嚴重, カツトなり蒸氣船なり御取寄ニ相皮、夫を手鑑にして、軍艦數十艘御製作ニ, を討ち、見魚崎の樹蔭ニ、長迦〓砲其外ニも遠町を打へき筒を撰み備へは本, 跡少々山手ニ引上ケ、つま先登りの地に大砲を備へて、入湊の船と上陸の兵, ヲ取リ寄, ジテ軍艦, セ之ヲ摸, 蘭人ニ命, シテ製造, スベシ, 嘉永六年八月, 二〇五

頭注

  • ヲ取リ寄
  • ジテ軍艦
  • セ之ヲ摸
  • 蘭人ニ命
  • シテ製造
  • スベシ

  • 嘉永六年八月

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  • 二〇五

注記 (23)

  • 1183,560,60,2294船を打、舘浦にも、浦賀の如く山手ニ引上て備を設け、同湊口の船ゟ、上陸の兵
  • 487,565,58,2281に急に應する利便を計り、勝負氣を專にし、机上の論を捨て、砲臺も御築造に
  • 1645,566,62,2278を遷し、濱町地藏堂河岸の町屋と舘浦の御船屋と御米藏とは、先年御埋立ニ
  • 719,561,57,2287相成らは、製造ニ違ふ所なく、堅實に出來すへし、夫も急に乘する事は難けれ
  • 1531,568,61,2282相成りし新地之地に遷し、臭戎湊口ゟ乘入、且は上陸せんとする時は、政府の
  • 1763,567,61,2292く築造し、非常の陣營にかはるへくし、與力同心の居小屋も、同しく當時の地
  • 1881,567,61,2286府を吉井の地ニ移し、築地の繩張を以て、四方土手をつき、柵を結ひ、陣城の如
  • 951,560,59,2281成るゑく、かく豫しめ備を設、策を定置て、〓蘭人ニ命せられ、西洋の軍艦フレ
  • 602,575,60,2275は、是迄皇國の軍船の形も取交て、御製造ニ相成、軍艦と砲臺の相救ひ相共
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