『大日本古文書』 幕末外国関係文書 2 嘉永6年8月~同年9月 p.204

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に用らるゝ物とにや、夫海面遠淺の地は、天助の要害之、富津之洲暗礁をのみ、, は非す、富津は要地といへ共、猶容易ニ越へて、異船内地へ乘入へし、遠淺の地, 多く、御用ひニなり兼る事もあれは、皇國に用ひ來る形にて、尚遠淺の地を, は、止むる者なくとも、間切甲良に支ゆるを以て、異船よる事あらす、バツテイ, 如きき、地狹隘にして、海岸を引退て備を立、大煩を備へき地ならねは、願くは、, 乘へき堅實の船も御製作ありたし、御濱築地等之海岸遠淺ニあらぬ地は、岸, 最第一の要害とすれと、遠淺の地海岸防禦に利なる事、富津の出洲の如きニ, を離れへたゝる四五町或は五六町の沖に、生なりの大材におもりを付、波の, 動搖に隨て、ゆり込て不抜樣にし、水底にひしと打込て、遠淺にかへて、異船の, ニは用ひ難きも計らす、又皇國の太平に馴れし人民も、戰國の人民も、一樣, の西洋船の如き軍艦のみを、御製作ありては、遠淺多き内海なれは、不便之事, 寄るを支へ、陸に大煩を備へて、臭戎の船をうたば、又防ニ易かる〓し、浦賀の, 臺を構ゆるは、彼を討つ事而已を計て、彼か發砲を防くへき術も、我軍艦の急, 吉井の御林の地ハ、三浦郡の咽喉にて、四方ニ達する要地に候得は、浦賀の政, ラといへ共、間切甲良あるをもて、岸ニは寄せ兼ぬる者也、故に此度御目論見, 浦賀奉行, 所ヲ移轉, スベシ, 嘉永六年八月, 二〇四

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  • 浦賀奉行
  • 所ヲ移轉
  • スベシ

  • 嘉永六年八月

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  • 二〇四

注記 (20)

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