Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
二諸藩の兵制改革, 諸藩の中、最も大膽に兵制を改革したのは長州藩であつた。蓋し同藩は曩に, 制改革を行つたのである。所謂慶應の兵制改革がこれである。, ふるの危機に會した爲、之に對抗する必要上、此の改革を斷行したのである。, 元治元年、英・佛・米・蘭四國艦隊の來襲を被り、後に慶應二年幕府の大軍を四境に迎, 銃を購入せしめた。次いで百六十石以上千五百石以下の諸士に祿高に應じて, られ、軍政專任の命を受けた。斯くて藩廳は藏六の意見に基き、續々劃期的な兵, 當らしめた。藏六は元治元年兵學校教授に擧げられ、翌慶應元年用所役に任ぜ, た。又八家, 先づ慶應元年四月藩廳は令して、火繩銃・甲冑等の古武器を賣却し、新式の施條, 圖つたが、文久三年五月其の死後は、藩士村田藏六を江戸より召還し、是が指導に, 初め長州藩は長崎の洋兵學者中島名左衞門, 銃卒を出さしめ、以て銃隊を編成し、更に弓足輕鐵砲足輕等を以て銃隊を編成し, 依つて從來の八手分配法を改め、大組, を顧問に聘して兵制の改善を, 以下祿高千石以上の家兵を以て新に南・北大隊を編成した。, 八組を合併せしめ、又鷹匠・鵜匠等の閑, 馬〓, 永代家老二家, 一門六家及び, 組, 喜, 勝, 村田藏六, の登庸, 銃隊の編, 長州藩, 成, 第十四編外交の轉機, 三六八
割注
- 馬〓
- 永代家老二家
- 一門六家及び
- 組
- 喜
- 勝
頭注
- 村田藏六
- の登庸
- 銃隊の編
- 長州藩
- 成
柱
- 第十四編外交の轉機
ノンブル
- 三六八
注記 (30)
- 1731,995,54,591二諸藩の兵制改革
- 1613,653,61,2212諸藩の中、最も大膽に兵制を改革したのは長州藩であつた。蓋し同藩は曩に
- 797,584,56,1830制改革を行つたのである。所謂慶應の兵制改革がこれである。
- 1382,586,60,2164ふるの危機に會した爲、之に對抗する必要上、此の改革を斷行したのである。
- 1498,582,61,2287元治元年、英・佛・米・蘭四國艦隊の來襲を被り、後に慶應二年幕府の大軍を四境に迎
- 566,580,58,2286銃を購入せしめた。次いで百六十石以上千五百石以下の諸士に祿高に應じて
- 913,583,58,2287られ、軍政專任の命を受けた。斯くて藩廳は藏六の意見に基き、續々劃期的な兵
- 1031,578,59,2292當らしめた。藏六は元治元年兵學校教授に擧げられ、翌慶應元年用所役に任ぜ
- 333,590,53,316た。又八家
- 681,649,59,2223先づ慶應元年四月藩廳は令して、火繩銃・甲冑等の古武器を賣却し、新式の施條
- 1145,582,60,2286圖つたが、文久三年五月其の死後は、藩士村田藏六を江戸より召還し、是が指導に
- 1265,650,57,1268初め長州藩は長崎の洋兵學者中島名左衞門
- 450,585,60,2283銃卒を出さしめ、以て銃隊を編成し、更に弓足輕鐵砲足輕等を以て銃隊を編成し
- 208,585,57,1071依つて從來の八手分配法を改め、大組
- 1268,2016,56,856を顧問に聘して兵制の改善を
- 330,1197,61,1689以下祿高千石以上の家兵を以て新に南・北大隊を編成した。
- 209,1808,59,1060八組を合併せしめ、又鷹匠・鵜匠等の閑
- 238,1694,42,76馬〓
- 318,925,42,255永代家老二家
- 361,941,40,236一門六家及び
- 191,1694,41,35組
- 1298,1946,40,39喜
- 1253,1949,43,35勝
- 1156,317,40,163村田藏六
- 1113,322,41,120の登庸
- 671,318,41,167銃隊の編
- 1618,318,38,168長州藩
- 629,318,38,35成
- 1846,703,44,524第十四編外交の轉機
- 1853,2350,41,118三六八







