『維新史』 維新史 5 p.494

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つて、渡部悌輔, 年二月、菊間藩が寺院の合併及び僧尼の制限を令するや、眞宗の僧侶等は大い, 等は主將と爲つて、徳川氏囘復の五, に動搖し、翌三月には臺嶺・法澤の二人が盟首となつて同志の僧と血誓し、三十, は杖に處して、茲に事件の落著を告げたのであつた。翌五年四月には、政府が, 及び月岡帶刀, 者が多く、群衆も亦竹槍を携へて馳せ加はり、遂に暴動と化するに至つた。菊, 大字の旗を樹て、沿道の民家を燒き、新潟に向つた。其の數二萬と稱せられ、鎭, 餘名を率ゐて同藩の大濱出張所に向つた。之を見て途中より信徒の加はる, を准流十年に、農榊原喜與七を絞罪に處し、其の他僧俗三十餘名を〓役・禁錮或, 廢佛を決すとの訛言を聞き、又信越地方に土寇が蜂起した。即ち會津・庄内・米, 三河國碧海郡に眞宗の僧、蓮泉寺臺嶺・專修坊法澤なる者があつた。明治四, 澤等の亡命舊藩士數名が其の徒黨を煽動して、大暴動を起さしめた事件であ, 間藩は大いに驚き、岡崎・西尾・刈谷等の諸藩に應援を求め、暴徒の鎭壓に努め、幾, ばくもなく其の徒數百名を捕縛した。斯くて同年十二月臺嶺を斬罪に、法澤, 撫に赴いた官吏を傷付け、其の勢甚だ猖獗を極めたが、幾ばくもなく官兵の爲, 安正寺僧, 越後月岡村, 藩士, 舊會津, 信越の暴, 三河の暴, 動, 動, 第二十編新政の基礎, 四九六

割注

  • 安正寺僧
  • 越後月岡村
  • 藩士
  • 舊會津

頭注

  • 信越の暴
  • 三河の暴

  • 第二十編新政の基礎

ノンブル

  • 四九六

注記 (26)

  • 456,526,55,400つて、渡部悌輔
  • 1609,517,70,2330年二月、菊間藩が寺院の合併及び僧尼の制限を令するや、眞宗の僧侶等は大い
  • 446,1793,62,1048等は主將と爲つて、徳川氏囘復の五
  • 1486,519,67,2331に動搖し、翌三月には臺嶺・法澤の二人が盟首となつて同志の僧と血誓し、三十
  • 796,516,65,2331は杖に處して、茲に事件の落著を告げたのであつた。翌五年四月には、政府が
  • 453,1089,55,404及び月岡帶刀
  • 1257,514,65,2339者が多く、群衆も亦竹槍を携へて馳せ加はり、遂に暴動と化するに至つた。菊
  • 331,513,67,2336大字の旗を樹て、沿道の民家を燒き、新潟に向つた。其の數二萬と稱せられ、鎭
  • 1374,520,64,2331餘名を率ゐて同藩の大濱出張所に向つた。之を見て途中より信徒の加はる
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  • 679,513,67,2335廢佛を決すとの訛言を聞き、又信越地方に土寇が蜂起した。即ち會津・庄内・米
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