『維新史』 維新史 3 p.649

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ぜられた。晦日更に前宇和島藩主伊達宗城, とせられたのである。, もなく、又上述の如く攘夷の思潮は變らなかつた。爲に薩會二藩の行動をあら, にも召命が傳へられた。是等, 八月二十一日の夜、洛東祇園に張紙して、, の人々は總べて公武合體派であり、其の雄藩の力によつて政局の安定を保たう, 政變後の政局は小康を保つた。しかし尊攘派の勢力が全く一掃されたわけで, はに非議するものがあり、又窃かに長州藩を庇護しようとするものもあつた。, と記した。尋いで二十八日には、前佐賀藩主鍋島齊正, 及び久光に上京の命が傳へられ、特に土州藩には京都警衞の爲藩兵の上洛が命, 薩會二藩の政變の計畫は略〻豫定の如くに進行し、長州藩士等の西下によつて, 賊薩人太刀蔭、奉要朝廷是暴威、不知其實爲薩人被舊惡、亦甚矣。神人共怒、必可, 此者固陋頑愚、不知遵奉推戴之大義矣欲怒。凶暴。然微力不能遂素志、近者頼逆, 天誅正天下之大刑者也。, 前土州藩主山内豐信, ニ相係候儀ニ候間、兵士多分被召連候樣頼入存候。(島津久光公實紀), 伊豫, 叟, 守, 閑, 堂, 容, に上京を, 松平容保, 更に諸侯, を馬る張, 命ず, 紙, 第十二編公武合體運動の進展, 六五〇, (七年史)

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  • 伊豫

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  • に上京を
  • 松平容保
  • 更に諸侯
  • を馬る張
  • 命ず

  • 第十二編公武合體運動の進展

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  • 六五〇
  • (七年史)

注記 (31)

  • 1389,590,84,1279ぜられた。晦日更に前宇和島藩主伊達宗城
  • 1177,583,60,608とせられたのである。
  • 786,575,93,2296もなく、又上述の如く攘夷の思潮は變らなかつた。爲に薩會二藩の行動をあら
  • 1369,2021,70,863にも召命が傳へられた。是等
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  • 1254,581,101,2300の人々は總べて公武合體派であり、其の雄藩の力によつて政局の安定を保たう
  • 902,568,101,2311政變後の政局は小康を保つた。しかし尊攘派の勢力が全く一掃されたわけで
  • 670,564,95,2263はに非議するものがあり、又窃かに長州藩を庇護しようとするものもあつた。
  • 1617,588,90,1568と記した。尋いで二十八日には、前佐賀藩主鍋島齊正
  • 1491,584,99,2308及び久光に上京の命が傳へられ、特に土州藩には京都警衞の爲藩兵の上洛が命
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