『保古飛呂比』 保古飛呂比 3 明治1年 p.257

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と御不勝の御旨、如何樣日増に御快和の御模樣、尚厚御保養被成度候、孰れ參上、彼是御噺をも承, 家の常、實説かも不可計、遇日我藩の兵、野州宇都宮の戰に、手負・死人凡三十人計有之、士官に, なり、早崎鶴馬小荷駄奉行にて東行の所、敵に恐れ候歟又は策略有て引取候歟、戰場を去る二里計, 數多有之由なり、崎著後聞、大將軍既に討死すと、これは全く例の虚説ならんか、如何樣勝敗は兵, の模樣は、定て御聞も相成居可申、兵庫を發す八ツ時、横濱より飛脚船便にて、兩所より「カラバ」, 控居候都合に御座候、何れ兩三日の中、參殿、彼是可申述候、火船沈沒の風説に付、關心御座候ス, 奉恭賀候、僕等出崎、〓角一日延に相成、其上便船等も間違有之、大に延引に相成申候、此頃は此些, り、又御示談可仕筋も御座候へ共、未落合不申、其上御多用中、押懸罷出候ても、御都合如何と差, へ告來る事を聞、當月七日、幕の兵江戸に於て大に戰て大に敗すと、英の火船を借らんと欲する者, 其餘四五人即死、或は其夜亦者翌日死する者六七人、歩兵・小人に至迄、手負・死人都合三十人計, ては小松勇討死、眞邊戒作・小島捨藏・小南猿四郎、右三人深手、輕格にては大石利左衞門討死、, ハンキン、當月八日兵庫出船、未著、僕來る時、海中に於て都て不見掛、且當月四日横笛船兵庫出, 帆、右二艘の中、必風説相當居可申歟と關心この事に御座候、上國の形勢は格別無之、如何樣關東, 昨日は貴札被投候處、折柄他行の場合、不都合千萬に候、如命御疎遠御座候處、盆御清勝之御旨、, 〓眞邊氏ヨリノ書簡、左ノ通、, 卷二十三明治元年(閏四月), 二五七

  • 卷二十三明治元年(閏四月)

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  • 二五七

注記 (17)

  • 1489,504,69,2374と御不勝の御旨、如何樣日増に御快和の御模樣、尚厚御保養被成度候、孰れ參上、彼是御噺をも承
  • 611,507,69,2374家の常、實説かも不可計、遇日我藩の兵、野州宇都宮の戰に、手負・死人凡三十人計有之、士官に
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