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り、御役船出帆の序に漂著人一所に江戸に送らる、八丈島にて官人十四人のもの漂流在, いふもの殘り居たると共に魚鳥を食ひ、天水を飮みして居たりしに、寛政元酉年薩摩國, はしらせけるに、犬ぼうの鼻にて俄に風變り、大洋中に漂流し無人島に著岸す、此處に, したる事を増補せしもの也、書中草木・鳥獸・魚蟲見及ひたるものゝ話あり、太田方か, 跋に、吾聞西洋有航海之法、若遭颶則隨風不逆、縱舶所適於其所止處、畫景日咎、夜觀, 志布志浦のもの六人乘にて漂著し、ともに此所に住す、松兵衞か同船のうち二人、薩州, 極星、以知舶之所止、是某分海颶之所起、是在某方、然後待風至乎、所欲適之國百無遺, 上陸し、七月八日に八丈島八重根濱に著岸し、八丈に有る事八十餘曰、官より米麥を賜, となみ、南風を待て九年六月八日出帆す、必死をおかし、難なく六月十三曰に青ケ島に, 島中并歸帆の始末を尋ね認、江戸に著後御役所に差出せり、御詮議相濟、各勝手次第に, 土佐鏡郡赤岡浦の人四人乘の船、天明五年巳二月に漂著し、三人は病死し、一人長平と, をこしらへ、船のかたちなるものをつくり、各著したる木綿・布子・袷なとにて帆をい, の内二人病死、三艘のもの都合十四人生殘り、相謀て礒邊の寄木を拾ひ〓籥を仕立、釘, 歸國被仰付始末、淳美松兵衞か物語を書留、一書となす、朱書の所は杉田玄白、遺漏, 七年未十一月廿七日江戸を出帆し、相州三崎にて風待して、十二月八日九十三里の灘を, 衞ノ物語, 天明年間無人, 島漂著ノ松兵, 杉田玄白増補, 異國紀下(漂流紀), 一三五
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- 衞ノ物語
- 天明年間無人
- 島漂著ノ松兵
- 杉田玄白増補
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- 異國紀下(漂流紀)
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- 一三五
注記 (21)
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