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く、嗚乎山林草莽の士、嘆息して盆なきをいかんといへり、, あひ魯西亞國へ漂著して、寛政五年癸丑より文化二子年まて彼土往來滯在すへて十二ケ, 漂流せし始末の詳細を質問せしむ、爰に於て愛宕下別邸にしてかの漂流人を召出し、曰, 策、今夫舶師不知航海之方范乎、無由得針路矣、員海之國、送漕之吏、留意于斯、審舟, に盆無にあらす、しかれとも航海の難、漂流の苦にいたつては肉食のもの自から見さる, の、寛政五年癸丑之冬江戸へ運送の羅を載せ出船せし時、奥州岩城の海上に於て逆風に, 天文醫術の士として西洋の學を講究せしめ、もつて我足らさる所を補せしむ、是皆斯民, 年の際、經歴せし事跡を詳に書記するもの也、門目分類の次序略備はる、尤かの漂流母, 大槻茂質撰、此書の記す所は、仙臺の船子津太夫・儀平・左平太・太十郎なる四人のも, 楫之製、曉操舶之術、庶乎鮮覆沒漂蕩之患矣としるせり、今國家至治之化、至仁之政、, し四人のもの歸府のせつに及て、陸奧〓より大槻茂質・志村弘強なる二臣に命して、其, 處にして、因循この議を發せす、上は國家愛民の心に違ひ、下は臣僚獻可の道にそむ, 々質問詰尋してその始末をかたらしめ、茂質その游歴漂泊の次第を逐て問をおこし、引, 環海異聞, 十六卷, 合序例, 寫本, 十六册, 目録, ノ際ノ事跡, 寛政文化年間, 仙臺藩主二臣, 大槻茂質撰, 亞へ漂著滯在, 津太夫等魯西, 一命ジテ漂流, ノ始末ヲ詰尋, 編脩地誌備用典籍解題卷之二十八, 一三六
割注
- 合序例
- 寫本
- 十六册
- 目録
頭注
- ノ際ノ事跡
- 寛政文化年間
- 仙臺藩主二臣
- 大槻茂質撰
- 亞へ漂著滯在
- 津太夫等魯西
- 一命ジテ漂流
- ノ始末ヲ詰尋
柱
- 編脩地誌備用典籍解題卷之二十八
ノンブル
- 一三六
注記 (29)
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