『保古飛呂比』 保古飛呂比 6 明治7年~同8年 p.48

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屹度斷然御處置希望仕所なり、, 松與も同斷に付、多分御尋申候て、御直話御承知も可被成候、喰違の下手人も承服に相成候由、此, 歐米癖に成り、人言を容れざるより望を失ひ候故、只管當時の御政事に心服致候譯に無之、或は封, 或者の話に、大石彌太郎東都にて三郎君に屡々拜〓、封建世祿論申説しければ、公甚だ滿足被致、, 建論に類し、或は士の常職を立る抔、此節專ら相唱へ候事に御坐候、過日大高坂・香宗我部等上京、, 邊は合點參らぬと申者有之、後世御朝威立ざる此一擧に可有之、前轍を蹈候者も有間敷候得共、, 近年愉快の論を聞たり、〓我等より猥りに此言を發しては、嫌疑ありて實事行るべからず、其方等, 故、重て申上置き候事に御坐候、〓御承知の通、當縣議論有る者は、梅高の功にほこり、奢に流れ、, 上御安心可被成、此變は我縣の不幸、朝廷の都て御爲歟と愚考仕候、存外關係も無之由、孰れ此, 返答の趣勿論の義にて、決て御掛念御無用の義に御坐候、兼て申上候へ共、此頃尚ほ腹のはりたる, 隨分勉強盡力致すべし、我等も此度は老後の思ひでに粉骨碎身すべし、安心致され度の旨諭有之、, 同人至極得意にて、過日歸縣後、楢原某外より、忠五郎事・小笠原和平兩人へ書簡到來、今度西州, )出兵に付俄に歸營申來り、直に出足に相成申候、高知縣佐賀の如き事無之段、他縣人へ被對御, 彼方も別條無之、此人職務に於て不安所有之處、決て氣遺無之段申居、二川元助(, )歸縣、, 意外の議有之ても、朝兵を相煩には及申間敷、顯然と愚考仕候、先日八木澗作(, 當時板井重記高松分, 營に在、當時廣島出, 佐、但隊外, 張ノ, 高松分營の小, 由、, 卷三十四明治七年(三月), 四八

割注

  • 當時板井重記高松分
  • 營に在、當時廣島出
  • 佐、但隊外
  • 張ノ
  • 高松分營の小
  • 由、

  • 卷三十四明治七年(三月)

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  • 四八

注記 (24)

  • 667,617,57,712屹度斷然御處置希望仕所なり、
  • 999,612,63,2375松與も同斷に付、多分御尋申候て、御直話御承知も可被成候、喰違の下手人も承服に相成候由、此
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  • 557,612,68,2349或者の話に、大石彌太郎東都にて三郎君に屡々拜〓、封建世祿論申説しければ、公甚だ滿足被致、
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