『保古飛呂比』 保古飛呂比 6 明治7年~同8年 p.83

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美都より東へ掛て逃行と相聞へ申候、不遠、是も捕に付可申歟と被存候、本縣の光景、林有・片健, 相揃ひ、片健には兩度計り一寸出會致候、中々暴動は氣遣無之候、今度の一件波及不致上は、自今, 候、此所は屹度御注意被成、丸の開化を以押切りては迚も參り申間敷、大に心配致居申候、授産, 招待仕度と申事に御坐候、去十七日頃、久光公西郷を連て御上京と相聞申候、如何々々、何分にも, 丸の開化にては、此頃各縣の人氣は鎭定出來申間敷、三府の民と諸縣の士民は、中々比較出來申間, 天下の光景に因て、何か存立候事は、中々本縣のみには限り申間敷、諸縣物議は實に有之趣に御坐, 可有之歟と被察候、若し目明しの樣に相成ては氣の毒に御坐候、此事も今印に御直聞被下度候、, 卻て狐疑を生じ、無風興波の患も可有之歟、萬一御朝議振も有之ば、薩の持重家の力ら剛を一時, は手首を握り候、然共佐賀の難を逃れ申に付、自今は卻て異事なく參り可申歟、只別人參り申ては、, 御氣遣の由、縷々被仰下、且直聞をも致申所、幸哉、佐賀人逃來候へ共、四五名召捕候、江藤は香, 學校の事は、縣廳夫々聞屆候樣子にて候得ば、中々無官の言に不及事に御坐候、〓し學校は開成館, 下度候、原四郎は最早御呼立を以御吹擧に相成候ては如何哉、何分當地に居候ては、ちと被疑申事, 拜借に相成、此頃朝ニ開業に相成由に御坐候、右の兩條未だ筆紙に難記、今印(, 乾一昨日歸著と承候、未だ何の風説も無之候、一體岩印(, 三月六日の御書、當廿三日に拜讀、如拜話、東望歡喜、偖佐賀賊の事、俄然相起り、右に付、本縣, )は兵隊と一和と相見申候、是, に御直聞被, 今印は今, 令のこと、, 橋の事、, 岩印は岩崎權, 卷三十四明治七年(三月), 八三

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  • 今印は今
  • 令のこと、
  • 橋の事、
  • 岩印は岩崎權

  • 卷三十四明治七年(三月)

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  • 八三

注記 (23)

  • 1603,608,60,2375美都より東へ掛て逃行と相聞へ申候、不遠、是も捕に付可申歟と被存候、本縣の光景、林有・片健
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