『保古飛呂比』 保古飛呂比 6 明治7年~同8年 p.63

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へ居候見込の者を御周旋被遣候間敷哉、素より舊輕格の人に御坐候、, は不仕哉と相氣遣申候間、若諸縣議院差明に相成候はゞ、公然と議院の先生等諸縣へ御出張に相成、, 七十二縣悉く議院相設候はゞ、封建論が十に六七は有之べく、〓異論屡起り、黨派を以て事を敗る, 和劑御施の策に決候はゞ、愈兵隊は後日を相樂み、議院の設に相決可申候、議院の事は、昨年來飜, 譯を見候て、僕も可然事とは存居候へ共、只今俄然に相設候ては、人々不平の花を咲せ可申歟、今, 被著、皇國丸くなれ〳〵、掛聲は如何、, 裁決は御取り相成不申ては、尾大の弊は間違有之間敷、亦大兄等の邊も、近來三府の情實は極御案, 内に候へ共、諸縣の士民は御耳遠く可相成、三府の士民と諸縣の士民は中々比較出來難く、兵は勿, (參考), 御一同御勇健奉遙賀候、僕義一同無事、御安心被遣度候、僕も舊の四五月には一寸に出府仕度相含, 居申候、久敷振に拜顏を樂み居申候、此度齋藤氏へも相頼申候事有之、教部省へ何卒一兩人今當縣, 用、國の盛衰も實は諸縣の進退より出候事に付、自今屹然御覺悟専一に奉存候、いづれ西郷に御眼, 新政府更に見込無之、遂には何か見通し有之哉に相見へ申候間、屹度御洞照被成、只今の處を以、, 培生大雅宗, 三月十二日認、, 三月十二日認、無聲洞山人, 無聲洞山人, 卷三十四明治七年(三月), 六三

  • 卷三十四明治七年(三月)

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  • 六三

注記 (19)

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