『保古飛呂比』 保古飛呂比 6 明治7年~同8年 p.181

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筋も難運趣、何卒一人こても可然者御登用相成候樣、從前御用の仁地方二分散不致、闕下ニ盡力致, 被戌候ては如何哉、山久も歸郷後は餘程憤起、明春は再上京の積の由二御坐候、手代木は立志二肩, 聽訟課二出仕候處、此人は若年の出來目こて、りぎうの子こて御坐候、手代木は此社を盛大こする, 以、各會議二此頃は肩を入候輩も不少相見え申候、右二付、如命兼ての一條相運び不申ては漸々得, 相聞申候、江ノ口は甚不景氣二て、未だ規則も相立不申、甚區々にて、立志の派周旋を致候、畢竟, 候樣成度、御同志の仁段々縣官二派出は殘念二奉存候、兼て御見込の前野・久米或は山久邊御周旋, 屯營の會不盛故、縣廳を促し、區々の會を催したる故、諸區こて被行候上は、軍營は止ると申事也、, り不申候、〓し清國の形勢二寄ては、一策可有と被察申候、此節諸區會議相開き、〓りn議事盛と, を入候由、他よりも傳承仕候處、縣本二ては我輩を依頼するの氣味大分有之由、勇次郎遺子高屋某, を希望すと、或は極内談も折々有之よし、同氏の深意難伺御坐候、此人は何二も致せ出所相分り候, 手を取候模樣こて、免角彼の鳩眉を押るの事肝要と愚考仕候、必竟我縣の光景不宜より、被仰立候, 朝廷こも會議御開き二相成り、權令より、戸長へ號令下り候上は、立志を觀る譯は無之との見込を, 一昨日學舍近邊へ參り、顯二其景況を窺申候、寸志兵も御採用ニ不相成候得共、格別不平の樣子承, 立志社の景況も先相更義無之、屯營會議今以有之候得共、至て人數少し、同學校も甚不人數の由、, 〓し, 卷三十五明治七年(九月), 一八一

  • 卷三十五明治七年(九月)

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  • 一八一

注記 (17)

  • 794,605,65,2375筋も難運趣、何卒一人こても可然者御登用相成候樣、從前御用の仁地方二分散不致、闕下ニ盡力致
  • 573,610,64,2369被戌候ては如何哉、山久も歸郷後は餘程憤起、明春は再上京の積の由二御坐候、手代木は立志二肩
  • 351,610,63,2367聽訟課二出仕候處、此人は若年の出來目こて、りぎうの子こて御坐候、手代木は此社を盛大こする
  • 1016,604,64,2371以、各會議二此頃は肩を入候輩も不少相見え申候、右二付、如命兼ての一條相運び不申ては漸々得
  • 1458,608,64,2373相聞申候、江ノ口は甚不景氣二て、未だ規則も相立不申、甚區々にて、立志の派周旋を致候、畢竟
  • 684,612,64,2368候樣成度、御同志の仁段々縣官二派出は殘念二奉存候、兼て御見込の前野・久米或は山久邊御周旋
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