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ころへ午餐に來るよう招いた。, 状態が終日及びその後の夜間に亘って續き、乾燥した天氣であった。, けるため骨折って呉れたことに對して謝意を表わしただけである。, 呼ばれた。, びその後の夜間に亘り乾燥した天氣であった、等々。, 行くべき旨を私に告げている。またキャプテン・力ムプスは我々イギリス人全員を明日彼のと, また夜近くキャプテン・力ムプスが私を訪ねて來たが、我々は今月十三日に皇帝を訪問しに, 十二日(シワス十一日)今朝は快晴の天氣で、僅かながら北の風が吹いていた。そしてその, で、というのは、當地では皇帝の命令によって牛の屠殺は許されていないからである。, キャプテン・力ムプスが私を訪ねて來て、カカゼモン殿及びその他の人々に何を與うべきか, 今朝は本曇りの天氣で、北の風が吹いていた。終日及, 殿が私に牛内半身を、ま, た他の半身をキャプテン・力ムプスに屆けて寄越したが、しかしそれは夜間に屠殺されたもの, 我々はオランダ人の宿舍で午餐を攝ったが、その場で我々は良い御馳走にあずかりカボケも, の人々, に就き相談した。またジェンテロ殿の秘書, 十三日(シワス十二日), のところへ派遣して、彼等が昨日贈物を屆, (halfe a beefe), 曜日」とある。, ○欄外註に「日, ○名の記載を闕く, が惣兵衞である。, 白絲十斤、かいき五たん」の贈物の品目が見える。, ○見積書に「大炊樣御内」の「取次人寺田與左衞門」, を贈る, に謝意を表, 力ムプス英, 蘭人に牛内, 人惣兵衞英, て〓見の日, を供す, 程を議す, ス等に午餐, 松浦信清用, 人を訪問し, 蘭人コック, 田與左衞門, 牛の屠殺は, す, 衞門及び寺, 法度, 一六二二年一月, 九一九, 一六二二年一月
割注
- 曜日」とある。
- ○欄外註に「日
- ○名の記載を闕く
- が惣兵衞である。
- 白絲十斤、かいき五たん」の贈物の品目が見える。
- ○見積書に「大炊樣御内」の「取次人寺田與左衞門」
頭注
- を贈る
- に謝意を表
- 力ムプス英
- 蘭人に牛内
- 人惣兵衞英
- て〓見の日
- を供す
- 程を議す
- ス等に午餐
- 松浦信清用
- 人を訪問し
- 蘭人コック
- 田與左衞門
- 牛の屠殺は
- す
- 衞門及び寺
- 法度
柱
- 一六二二年一月
ノンブル
- 九一九
- 一六二二年一月
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