『大日本史料』 1編 2 寛平 4年正月~延喜元年10月 p.622

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放鷹捕雉、下馬折花等事々略之、廿二日、宮瀧をさして出させたまふ、その, 議勘解由長官昇朝臣、四位右兵衞督藤原清綱朝臣、右近衞中將在原とも, におはします、つふさなる事は、式部大輔長谷雄朝臣注せり、盃たひ〳く, くたりて後、夜中にならんとするほとに、上皇、右大將菅原朝臣に仰られ, 事如何、菅原朝臣、御ともに候すへきことを奏す、廿一日、つとめて出たゝ, て都て五人、鷹飼に、坂上宿禰、六位已下のつかさとるもの八九人、ことに, て云、博士の家は、いまたかならすしもうつら雉のゑものにたのしはす、, せたまふ、御供に候人々、常陸大守貞數親王、權大納言右大將菅原朝臣、參, 宮の瀧むへも名におひて聞えけり落るしら沫の玉と響けは, 御ともにつかまつる事をゆるされたり、大略片野御遊は延宴したまふ、, あけんあしたに、片野におはしまさんとおほしめす、御ともにまいらん, 夜は、山城のつゝきの何某のふるき院にとゝまらせたまふ、館舍つくろ, ゆき朝臣、左兵衞佐源善朝臣、五位備前介藤原朝臣春仁、これらをはしめ, 菅家御記に、昌泰元年十月廿日、太上天皇鷹狩せさせ給ふ、其夜あめの宮, 法皇御製, 法皇御製, 綴喜ノ某, 上皇ノ御, 供奉人, 製, 院, 昌泰元年十月二十日, 六二二

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  • 昌泰元年十月二十日

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注記 (23)

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