『大日本史料』 1編 6 延長 5年11月~承平5年雑載 p.218

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濟高大僧都の建立なり、長者次第曰、濟高僧, 斯堂は、當山第六座主, ハ彼僧都ノ舊跡ナリ、堂塔建立記云、三昧堂者、本在〓持院鐘樓之程、此名東, 而オホヤケノ堂ニ成テ被崇之故ニ、壇下ワロシトテ被渡壇上、〓持院ノ北, 金剛界五佛并四天王也、而智慶房〓〓寺務時、移壇上矣, 都、延長六年十二月卅日、補金剛峰寺座主、年月日建立高野三昧堂云云、南山, 集云、〓持院は濟高僧都の舊跡ナリ、此所ニ三昧堂ヲ立テ、理趣三昧ヲ被修, 南院、是濟高山籠之建立也、後成宗長者於此處行理趣三昧、故名三昧堂、本尊, 要集堂塔建立記等の説によるに、最初建立の堂は、本中院谷〓持院の地に, 三昧堂, 名て東南院と云、僧都常に此堂に於て理趣三昧を修す、故に, 或は呼て三昧堂と號す、後世官寺に屬するに曁て、曳て壇上に移す、南山要, あり、, 〔紀伊續風土記〕, 參考〕, 安金剛界大日、長日供養焉, 院の地也, 在會堂東隣、三間四面、檜皮葺, 今の親王, 智慶房名宗賢、東南, 東寺第十, 〓校、同三年坐傳法院事、貶薩州、按に、〓持院は今の親王院の地にあり、天養, 院主也、仁安元年補, 二代長者, 高野山部五, 久安の比、〓持房行惠の建立する處なり、其頃三昧堂は尚寺邊にあり、仁安, 伽藍之四, ことは、濟高僧都、元來勸修寺東南, 年間壇上に移造するの後、智慶房〓校舊趾の傍に草坊を建立し、東南院の, 號を以て其坊に名く、爾來唯三昧堂とのみ稱す、或云、はしめ東南院と名, 院に住す。故に本名に隨て稱呼す、, 延長七年是歳, 二一八

割注

  • 安金剛界大日、長日供養焉
  • 院の地也
  • 在會堂東隣、三間四面、檜皮葺
  • 今の親王
  • 智慶房名宗賢、東南
  • 東寺第十
  • 〓校、同三年坐傳法院事、貶薩州、按に、〓持院は今の親王院の地にあり、天養
  • 院主也、仁安元年補
  • 二代長者
  • 高野山部五
  • 久安の比、〓持房行惠の建立する處なり、其頃三昧堂は尚寺邊にあり、仁安
  • 伽藍之四
  • ことは、濟高僧都、元來勸修寺東南
  • 年間壇上に移造するの後、智慶房〓校舊趾の傍に草坊を建立し、東南院の
  • 號を以て其坊に名く、爾來唯三昧堂とのみ稱す、或云、はしめ東南院と名
  • 院に住す。故に本名に隨て稱呼す、

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  • 延長七年是歳

  • 二一八

注記 (33)

  • 1631,1584,63,1266濟高大僧都の建立なり、長者次第曰、濟高僧
  • 1630,656,56,619斯堂は、當山第六座主
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  • 933,652,63,2194而オホヤケノ堂ニ成テ被崇之故ニ、壇下ワロシトテ被渡壇上、〓持院ノ北
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