『大日本史料』 1編 10 天暦 7年 8月~応和元年11月 p.491

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出羽守經邦女盛子、, 天睛、關白殿女御, 宮と申き、御とし三十二、, ○一代要記、大鏡異本陰書、異事ナキヲ以テ略ス、立后ノ由ヲ柏原、後山, みかとの御はらからの高明の親王と聞えさせし、いまは源氏にて、例人に, きさきにたゝせ給、藤原の安子と申て、今は中宮と聞えさす、中宮大夫には、, なりておはするそ、なり給にける、つき〳〵のみやつかさとも、心ことにえ, 〔中右記〕大治五年二月廿一日, のおとゝ、女御の御事をくちおしく覺したり、, かゝるほとに、天徳二年十月廿七日にそ、九條殿の女御、, 生冷泉、圓融二帝、爲平親王、承子、輔子、資子、選子内親王等、, 立后例、, らひなさせ給、九條殿の御けしき、世にあるかひありてめてたし、小野の宮, すくれてめてたくおはします、天徳二年十二月廿六日、后にたゝせ給、皇后, 〔榮華物語〕, 天徳二年七月廿七日、立從三位藤安子爲中宮、年廿二、右大臣師輔一女、母, 后、, 立, 兩帝母, 天徳二年十月二十七日, 中宮大夫大納言源高明, 甲午、三月節、, 本位從三位、, 凶會日也、, ○中略, 御名聖子, 國史以後、, ○中, 月宴, 略, 中宮ト稱, ザルヲ憾, ノ立后セ, 實頼述子, 天徳二年十月二十七日, 四九一

割注

  • 甲午、三月節、
  • 本位從三位、
  • 凶會日也、
  • ○中略
  • 御名聖子
  • 國史以後、
  • ○中
  • 月宴

頭注

  • 中宮ト稱
  • ザルヲ憾
  • ノ立后セ
  • 實頼述子

  • 天徳二年十月二十七日

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  • 四九一

注記 (36)

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