『大日本史料』 1編 11 応和元年12月~康保4年5月 p.6

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つけてつかはすとて、, たふのみねに住ころ、人のとふらひたる返事に, 春すきて散はてにける梅のはなたゝ香はかりそ枝に殘れる, ひえの山にすみ侍るころ、人のたきものをこひて侍りけれは、侍りけ, たのむ夜か月のねすみのさはくまの草葉にやとる露の命を, いかてかは尋きつらんよもきふの人もかよはぬ我やとの道, 於常行堂修之、古記云、今曼茶羅堂地、昔有六間坊、名曰寶雲坊、智郎禪師居彼, 坊、其後如覺初居彼舊坊、以北三間爲道場、以南三間爲坊舍、自應和二年至安, 常行三昧, 梅花のわつかにちり殘りけるに, 〔三十六人歌仙傳〕從五位上守右近衞少將兼備後介藤原朝臣高光, 和二年、獨自修此三昧、, 〔高光集〕世中はかなくのみおほえて、ほうしになりなんとおほゆるころ、, 應和元年入道、號多武峯少將、法名如覺、卒年不詳、, るまゝに, ル、, 〔多武峯略記〕, 輔公八男、母延喜, 〇河海抄所引ノ高光日記, 此下ニすこしノ三字アリ, ○拾遺和歌集、題しら, す、よみ人しらすニ作, 皇女雅子内親王、, 和歌集, 大臣師, 九條右, 佛事, ○拾遺, 上, 三昧ヲ修, 住シ常行, 多武峰少, 將ト號ス, 寶雲坊ニ, 應和元年十二月五日, 六

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  • 輔公八男、母延喜
  • 〇河海抄所引ノ高光日記
  • 此下ニすこしノ三字アリ
  • ○拾遺和歌集、題しら
  • す、よみ人しらすニ作
  • 皇女雅子内親王、
  • 和歌集
  • 大臣師
  • 九條右
  • 佛事
  • ○拾遺

頭注

  • 三昧ヲ修
  • 住シ常行
  • 多武峰少
  • 將ト號ス
  • 寶雲坊ニ

  • 應和元年十二月五日

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注記 (36)

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