『大日本史料』 1編 16 貞元元年 7月~2年是歳 p.282

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一、太政大臣兼通のおとゝ, ゝにゆつり給しこそ、よ人いみしきひかこととそしり申しか、此むかひをるさふらひ, のいふやう、東三條殿のつかさなととりたてまつらせ給しほとのことは、ことはりと, こそうけ給はりしか、をのれかおほちおやは、かの殿の年ころのものにて侍しかは、, なりしかは、天道もやすからすおほしめしけんを、そのおりのみかと圓融院にそおは, こまかにうけ給りしは、この殿たちのあに・おとゝの御中、としころのつかさ位のをと, かへり、いなふねのとこそおほせられけれは、しはしはかりをおほしなけきしそかし、, 〔大鏡〕, りまさりのほとに、御中あしくてすきさせ給しあひたに、ほり川殿やまひをもくなら, しましゝ、かゝるなけきのよしを、長歌によみてたてまつり給へりしかは、みかとの御, 一、太政大臣兼通, ける東三條殿を、ゆへなきことにより御官位をとりたてまつり給へりし、いかに惡事, 〓上ほり川殿、はてはわれうせ給はんとては、關白殿をは御いとこのよりたゝのおと, 〔大鏡〕1, 〓上このおとゝすへて非常の御心そおはしゝ、かはかりすゑたえすさかへおはしまし, 圓融, 兼家, 忠義, ○東松了枩氏本, 公、, 略, 三, 兼通兼家不, ヲ頼忠ニ讓, リタル理由, 兼通ガ關白, 兼通病重篤, 和, 貞元二年十月十一日, 二八二

割注

  • 忠義
  • ○東松了枩氏本
  • 公、

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  • 兼通兼家不
  • ヲ頼忠ニ讓
  • リタル理由
  • 兼通ガ關白
  • 兼通病重篤

  • 貞元二年十月十一日

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  • 二八二

注記 (30)

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