『大日本史料』 1編 18 天元 3年 7月~4年10月 p.302

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けり、殘の僧等はさもなかりけり、圓融院まさしく此事を御覽せられける、番僧つた, 奉加持、即滅御云々、, となり、, められけるに、慈惠は不動尊となり、寛朝は降三世と現して、少も本尊にかはらさり, 僧には横川の慈惠大僧正・廣澤僧正寛朝なとおはしけり、大内にて五壇の御修法つと, 〔河海抄〕, はりて此御時の人なりけれは、帝も我人を得たる事、延喜・天暦にもと御自讚有ける, 圓融院惱店疾御時、召天台座主慈惠僧正、奏老病無術之由不參、再三之後、隨召參入、, 依圓融院御惱、爲御加持參闕之時、大師者現不動尊、矜迦, 羅・勢多迦二童子隨從云々、仍大師脇士二童子奉圖也云々、, 記曰、慈恵大師、, 〔十訓抄〕, 〔今鏡〕, 一、慈慧大師二童子事, 圓融院の御時にや、よかはの□大僧正まいり給えりけるに、眞言のをこなひのとき、, 年中, 九むかしかたり, いのるしるし, 天元, 可施人惠事, 若紫, 三, ズトノ説, 之ヲ御覽ア, 世明王ニ現, 士一童子ヲ, 〓寛朝ハ降一, 王ニ現ジ協, 隨從ストノ, ノ説, ラセラルト, 良源不動明, 説, 天元四年八月十日, 三〇二

割注

  • 年中
  • 九むかしかたり
  • いのるしるし
  • 天元
  • 可施人惠事
  • 若紫

頭注

  • ズトノ説
  • 之ヲ御覽ア
  • 世明王ニ現
  • 士一童子ヲ
  • 〓寛朝ハ降一
  • 王ニ現ジ協
  • 隨從ストノ
  • ノ説
  • ラセラルト
  • 良源不動明

  • 天元四年八月十日

ノンブル

  • 三〇二

注記 (35)

  • 659,698,62,2174けり、殘の僧等はさもなかりけり、圓融院まさしく此事を御覽せられける、番僧つた
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