『大日本史料』 1編 22 寛和元年正月~3月 p.117

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はいつくよりの人そととひけれは、閻魔王宮よりの御使なり、宣旨候とて、立文を尊, 惠にわたす、尊惠是をひらひてみれは、, て、十万人の持經者をもて、十万部の法花經を轉讀せらるへきなり、仍參勤せらる, の學侶、多年法花の持者也、しかるに、道心ををこし離山して、此寺に年月ををくり, 其故は、攝津國清澄寺といふ山寺あり、彼寺の住僧慈心房尊惠と申けるは、本は叡山, 法花經よみたてまつりけるに、丑剋はかり、夢ともなくうつゝ共なく、年五十計なる, 岫請、閻浮提大日本國攝津國清澄寺の慈心房尊惠、來廿六日、閻魔羅城大極殿にし, ければ、みな人是を歸依しけり、去る承安二年十二月廿二日の夜、脇息によりかゝり、, 男の、淨衣に立烏帽子きて、わらつはゝきしたるか、立文をもて來れり、尊惠、あれ, ふるひ人の申されけるは、清盛公は惡人とこそおもへ共、まことは慈惠僧正の再誕也、, 問之、答云、此船主當時治山務、仍不乘云々、於是知、優鉢羅龍王之所變歟、, 慈惠僧正治山之時、人夢八大龍王乘船渡大海、各別船也、一々渡畢、最後船無乘者、, 〔古事談〕, 〔平家物語〕, 僧行, 慈心房, 三, 六, 平清盛ハ良, 羅龍王ノ所, 源ノ再誕, 良源ハ優鉢, 變, 寛和元年正月三日, 一一七

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  • 僧行
  • 慈心房

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  • 平清盛ハ良
  • 羅龍王ノ所
  • 源ノ再誕
  • 良源ハ優鉢

  • 寛和元年正月三日

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  • 一一七

注記 (25)

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