『大日本史料』 1編 22 寛和元年正月~3月 p.319

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

けれは、恩氣になりて本性をうしのふといへとも、唯ひたすらに念佛せられけり、予, か、其後はすへて萬事をしらす、唯夢の如くにして、忽ち叡山横川に至りぬ、數百人, 治を盡すといへとも、總て其驗なく、漸く正氣を失なふて、前後を忘るゝ樣にありし, し、唯我頼む所は大師のみなりと懇に祈請して、至誠骨髓に徹りて感〓を流したりし, かは、つら〳〵思ふ樣、我病は邪氣の犯す故なるへし、佛祖の加備力あらすは、〓る, ゝ事得かたかるへしと思ふて、遙に叡山の方に向て低頭合掌し、遠祖慈惠大僧正に祈, 申す樣は、我今邪魔の爲に身心を惱まされたり、大師の擁護にあらすは、〓るへき事, 法談し、菩薩戒なと受て志ふかき人なりき、去る天和二年、疫癘を患て漸く重くなり, て、頓て平愈しけり、其後我に語り申されけるは、始病付て四五日の程、さま〳〵療, かたく覺へ候、法流を汲の結縁をもて哀を垂させ給へ、醫療は看病人の計ひに任すへ, も時々通ひて弔ひけるか、以の外に樣あしくて危く思ふ所に、思の外に忽本性に復し, 爲に京に登りて、万里の小路春日のほとりに居られけるか、常に我か師の許に來りて, 朝新因縁集一〓云、武藏の國金鎖山という天台宗の寺より、觀良房と云僧、學問の, 本朝新因縁集一, 慈惠大師病難を救護し給ふの事, 良源ニ祈リ, テ病難ヲ免, 寛和元年正月三日, 慈惠大師病難を救護し給ふの事, 三一九

頭注

  • 良源ニ祈リ
  • テ病難ヲ免

  • 寛和元年正月三日
  • 慈惠大師病難を救護し給ふの事

ノンブル

  • 三一九

注記 (20)

  • 1399,708,59,2188けれは、恩氣になりて本性をうしのふといへとも、唯ひたすらに念佛せられけり、予
  • 238,714,60,2173か、其後はすへて萬事をしらす、唯夢の如くにして、忽ち叡山横川に至りぬ、數百人
  • 1008,704,60,2188治を盡すといへとも、總て其驗なく、漸く正氣を失なふて、前後を忘るゝ樣にありし
  • 364,710,60,2175し、唯我頼む所は大師のみなりと懇に祈請して、至誠骨髓に徹りて感〓を流したりし
  • 881,714,59,2175かは、つら〳〵思ふ樣、我病は邪氣の犯す故なるへし、佛祖の加備力あらすは、〓る
  • 751,714,59,2179ゝ事得かたかるへしと思ふて、遙に叡山の方に向て低頭合掌し、遠祖慈惠大僧正に祈
  • 619,708,59,2183申す樣は、我今邪魔の爲に身心を惱まされたり、大師の擁護にあらすは、〓るへき事
  • 1523,705,61,2187法談し、菩薩戒なと受て志ふかき人なりき、去る天和二年、疫癘を患て漸く重くなり
  • 1137,710,62,2186て、頓て平愈しけり、其後我に語り申されけるは、始病付て四五日の程、さま〳〵療
  • 494,710,58,2170かたく覺へ候、法流を汲の結縁をもて哀を垂させ給へ、醫療は看病人の計ひに任すへ
  • 1269,708,59,2182も時々通ひて弔ひけるか、以の外に樣あしくて危く思ふ所に、思の外に忽本性に復し
  • 1647,707,58,2184爲に京に登りて、万里の小路春日のほとりに居られけるか、常に我か師の許に來りて
  • 1762,745,72,2139朝新因縁集一〓云、武藏の國金鎖山という天台宗の寺より、觀良房と云僧、學問の
  • 1767,709,58,367本朝新因縁集一
  • 1892,822,57,803慈惠大師病難を救護し給ふの事
  • 1818,354,43,211良源ニ祈リ
  • 1774,357,40,212テ病難ヲ免
  • 137,740,45,344寛和元年正月三日
  • 1892,822,58,802慈惠大師病難を救護し給ふの事
  • 135,2562,44,127三一九

類似アイテム