『大日本史料』 2編 1 寬和2年6月~正暦4年6月 p.448

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たゝめあまり給ひて、殿のうちによひにともしたるあふらを、又のつとめ, すはなやき給ひしに、六條殿の御むこにておはせしかは、つねに西洞院の, たるをかへし入て、又今日のあふらにくはへてともさせ給ひけり、あまり, にすませ給ひしか、それにこの前帥殿は時の一の人の御孫にて、えもいは, にうたてある事なりや、一條院位につかせ給ひにしかは、よそ人にて關白, きを、大后、太政大臣のおはしますまへを馬にてわたり給ふ、おほきおとゝ, はのかせたまひにき、たゝおほきおほい殿と申て、四條宮にこそはひとつ, いとやすからすおほせとも、いかゝはせさせ給はん、なをいかやうにてか, 四人つかひはしむる事も、この殿のしいて給へり、いにしへは物のふのか, もまうてに、けひゐし車のしりにくする事、又馬のうへのすいしんさうに, 侍らさりけり、かならすかく侍るなりけることなりかし、あまりよろつし, ほりにあるき給ふを、こと人ならはことかたよりもよきゝてもおはすへ, てさふらひにあふらかめをもたせて、女房のつほねまてめくりて、のこり, きり一人つゝありて、ふさうはなくて侍し也、一の人おはすなと見ゆる事, とゆかしくおほして、中門の北の廊の連子よりのそかせ給へは、いみしう, 永祚元年六月二十六日, 異例ヲ開, 過度ノ儉, 頼忠ト隆, 賀茂詣ノ, 家, 約, ク, 永祚元年六月二十六日, 四四八

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  • 異例ヲ開
  • 過度ノ儉
  • 頼忠ト隆
  • 賀茂詣ノ

  • 永祚元年六月二十六日

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  • 四四八

注記 (25)

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