『大日本史料』 2編 2 正暦4年7月~長徳3年8月 p.841

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已上二人、長徳二年十月十九日官符, 從四位下權左中辨源朝臣相方, もあらす、後々の御事とも、みなさへうせさせ給ふ、つくしの道は、いま十餘, はてゝ、たはやすくもうこかねは、只明順、道順、信順なといふ人々、よろつに, 是月、中宮御生母正三位高階貴子薨ズ、, 都合十一人官符、雖納印藏、近代紛失了, 所にてそ、屋つくりておさめ奉りける、あはれにかなしうともをろかなり、, たしまには、よるをひるにて人まいりたれは、なく〳〵御そなとそめさせ, つかうまつれり、後の御事とも、れいのさまにはあらて、さくらもとゝいふ, 給ふ、つくしにも人まいりにしかと、いかてかはとみにまいりつくへきに, せ給ふ、二位のいのちなかさあはれにみえたり、されとそれはむけにおい, かくいふ程に、神, 十月廿七日、甲子、左大臣上表、有勅答、左中辨爲紀仰之、, 〔榮華物語〕, 無月の廿日あまりのほとに、京には北方うせ給ぬ、哀に悲しう覺しまとは, 〔日本紀略, 左大臣道長上表ス, 二十七日, ○上略、伊周配流ノコトニカ, ・ル、本月十日ノ條ニ收ム、, 在印藏之由、, 見實尹記、, 一條, ○中, 略, 浦々のわかれ, 院, 子, 〓, 櫻本ニ葬, 伊周隆家, ノ悲歎, 勅答, ル, 長徳二年十月二十七日是月, 八四一

割注

  • ○上略、伊周配流ノコトニカ
  • ・ル、本月十日ノ條ニ收ム、
  • 在印藏之由、
  • 見實尹記、
  • 一條
  • ○中
  • 浦々のわかれ

頭注

  • 櫻本ニ葬
  • 伊周隆家
  • ノ悲歎
  • 勅答

  • 長徳二年十月二十七日是月

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  • 八四一

注記 (36)

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