『大日本史料』 2編 4 長保2年9月~5年12月 p.143

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といふ寫本ありて、清女おちふれて後、みちのくへさすらへて書れしとい, 關白の莊園この國にありて、其御女定子皇后に仕へまつりし清女なれは、, へ、又仁治三年源親行紀行, へとも、さしたる證もみえす、筆のさまはよきものなれとも、別の官女にや, 皇后かくれさせ給ひ、關白の御系も衰給ひて後、清女も此ゆかりにつきて、, にて中關白道隆公なるへし、此寺の造立の主故に、即寺の號に呼ならん、此, にて、道隆寺といふ寺に古墓ありて、道隆親王と札をたてたり、親王は必誤, 埋めたるといふ墓あれとも、ます〳〵信しかたしとなん、又世に松島の記, 世に海道記といふ書作者しれさるか、貞應二年とみゆるを長明と誤り傳, 尼になりさまよひし由なり、これはいくたりもあるへきことにて、例せは, とありてしもかなと唱ふとみてさめぬ、さてはまことに清女の墓なるへ, をも、印行の本に長明と記せる類成, へし、おのれおもふに、讚岐には清女の所縁ある歟、象頭山より一里餘の所, 女なりといへともたしかならす、又阿波の里の海士にも、清女入水せるを, の鏡か峯といふにも、京の女郎といふ墓有て、清, しとおもひて、もとのまゝにさし置たりとそ、又同國白鳥といふ所, います所の名は、彼白鳥に, 或は父光行, 化し給ふ故事によるとそ, 尊の社, 日本武, ともいへり, 道隆寺, 鏡峯ノ墓, 長保二年十二月十六日, 一四三

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  • います所の名は、彼白鳥に
  • 或は父光行
  • 化し給ふ故事によるとそ
  • 尊の社
  • 日本武
  • ともいへり

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  • 道隆寺
  • 鏡峯ノ墓

  • 長保二年十二月十六日

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  • 一四三

注記 (26)

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