『大日本史料』 2編 4 長保2年9月~5年12月 p.486

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出、參院、立春正月元、明日可行幸三條院事、右將軍被奉行云々、, 十六日, わたくしわかぬよのいそきにて、ところわかすいとなみたり、かゝる程に、, □□移光尹朝臣家、入夜參院、無御渡、仍亦歸, 御料湯仰厨家令設、然而不召、行幸之後左大臣被仰、三條家院可渡御者、仍之, 今日還御後、院剃御鬚爲僧、, しておほしめしまとはせ給、はかなく覺しめしゝに、日比になりぬれは、わ, 條院御出家、依病惱危急也, 世中もいとさはかしくてすきもてゆく、しはすにもなりぬれは、おほやけ, 女院もののねせさせ給て、なやましう覺しめしたり、とのの御心をまとは, 十六日、癸未、早朝參院、可有行幸也、參内、午剋行幸、依少納言遲參、以左近少將, 〓東三條院御所ニ行幸アラセラル、是日、同院、御落飾シ給フ、, 以法橋覺運爲戒師、, 重尹爲代官、鈴奏、自大宮於三條東行、自高倉小路南行、今日不設饗祿、但公卿, 閏十二月十六日、癸未、天皇行幸東三條院、還御之後、東三, 〔權記〕閏十二月十五日、壬午、旦參院、爲御使參内、令右衞門典侍奏御消息、罷, 〔榮華物語〕比りへ野しも月になりぬれは、神わさなとしけきころにて、, 〔日本紀略〕, ○中, 未, 略, 癸, 一條, 院, 依ル, 饗祿ヲ設, ケズ, 惱危急ニ, 御戒師法, 女院ノ御, 橋覺運, 長保三年閏十二月十六日, 四八六

割注

  • ○中
  • 一條

頭注

  • 依ル
  • 饗祿ヲ設
  • ケズ
  • 惱危急ニ
  • 御戒師法
  • 女院ノ御
  • 橋覺運

  • 長保三年閏十二月十六日

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  • 四八六

注記 (33)

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