『大日本史料』 2編 5 寛弘元年正月~4年11月 p.400

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より引上奉たりし藥師如來像也、手つから入奉て、中門□しはらく是を, あり、何人なるらんとあやしく思ところに、兵土の物とも門をはひらかす, 安置す、其夜虚空聲ありて、洛中につけて云、高辻烏丸□佛生國藥師如來々, を申に、行〓□出し奉て、驚て淨衣を著し、門を開〓見奉に、因幡國にして海, 空をとひて、行平の宿所の門に來□まし〳〵て、夜ふかく門をたゝくをと, □邊に、味野河のはたに、桑の木に大豆をかけ□りける木の本にかり堂, へとも、公私ひまなくてむなしく〓□の春秋をへて、長保五年, して尋□、我は是因幡國に候し僧來よしおほせらるゝに、兵土此由, □平歸洛の後、立願のことく我屋安置し奉るへきよし存せしむとい, 來像也、御むねの滿字の穴きをつきあて、忽行平悦て迎奉て、か{, らす、宿執ふかきゆへにし, 四月、□像, をたてゝ、藥芳そ、時にゆきひらにかさねて、ゆ□ちにしめして云, 我これ西天のほと土の衆生利盆のために□たり、宿執の因縁, によりてめす、なむちとわれとは, 來像也、御むねの滿字の穴, によりてめす、なむちとわれとは□にあふ事、この世ひとつ, 略ス、, 文アリ、, ○此間闕, 癸, 卯, 佛像行平, 行平ノ歸, ノ高辻烏, 置ス, 邊ニ假堂, 丸第ニ飛, 來ル, ヲ作リテ, 味野川ノ, 安置ス, 中門ニ安, 洛, 寛弘二年四月十四日, 四〇〇

割注

  • 文アリ、
  • ○此間闕

頭注

  • 佛像行平
  • 行平ノ歸
  • ノ高辻烏
  • 置ス
  • 邊ニ假堂
  • 丸第ニ飛
  • 來ル
  • ヲ作リテ
  • 味野川ノ
  • 安置ス
  • 中門ニ安

  • 寛弘二年四月十四日

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  • 四〇〇

注記 (36)

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