『大日本史料』 2編 6 寛弘4年12月~8年6月 p.844

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朝臣、内藏寮使頭公信朝臣, とき、まつり見せ奉らせ給し御さしきのまへすきさせ給ふほと、殿の御ひ, 十八日、辛酉、向祭使所, さにふたところなからすゑたてまつらせ給ふて、この宮たち見奉らせ給, 衞佐實經、右能信、二府雖不具、隨候令召例也、, へと申させ給へは、みこしのかたひらより、あか色のあふきのつまをさし, 女使中納言典侍、, 御座也、右内府共被參、見物了右退内被候、有引出物、入内、御共被候、東宮使權, 中宮權大夫經營此事、次參左府棧敷、若宮、三宮, 仍被改任、而内々有悦氣云々、, いてさせ給へりけり、殿をはしめ奉りて、なを心はせめてたくおはする院, 亮頼光朝臣、中宮使亮清通朝臣、馬寮使左馬助資平朝臣、近衞府左少將朝任, 任左馬助、頼重祭使當巡、而無申故障、而今望期申子死之由、望期申此由不當, なりや、かゝるしるしをみせ給はすは、いかてかは見奉らせ給ふらんとも, 十九日、壬戌、向智足院邊見物、參内、行解陣事、左近少將忠經、右少將經親、左兵, しらましとこそ感し奉らせ給ひけれ、院より大宮にきこえさせ給へる、, 〔大鏡, 八臣師輔此當代や東宮なとのまた宮たちにておはしましゝ, 二度落, 藏人少, 馬云々, 將朝任, 右大臣師輔, 中, 輿ノ間ヨ, ヲ抱キ奉, 道長親王, 齋院扇ヲ, リ出ス, 齋院ト中, 宮トへ贈, 答ノ和歌, ル, 寛弘八年四月十八日, 八四四

割注

  • 二度落
  • 藏人少
  • 馬云々
  • 將朝任
  • 右大臣師輔

頭注

  • 輿ノ間ヨ
  • ヲ抱キ奉
  • 道長親王
  • 齋院扇ヲ
  • リ出ス
  • 齋院ト中
  • 宮トへ贈
  • 答ノ和歌

  • 寛弘八年四月十八日

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  • 八四四

注記 (35)

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