『大日本史料』 2編 7 寛弘8年7月~長和2年10月 p.534

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せて、全文をこゝに載、, れし文を用て、年毎に年月の名をのみ書改むるものなればなるべし、, せるがうへに、平假名にさへ書かへて、その眞面目を失へり、今、二本を校合, 按に、應永九年とあるは、源心僧都の時代にかなはねど、そは僧都のつくら, 名所圖會四の卷、滑〓雜談九月の部上などにも、此祭文を擧たれど、文を略, と見えて、詞は眞名を片假名とをまじへ書たり、また天文十八年の寫本に、, 眞名のみにて書るもあり、繪いとめでたくて、當時を考べきことおほし、都, 山後勸請此神於叡山麓赤山、太秦亦有此社、故寺中今夜神事、亦祭麻多羅神, 於上宮王院庭修之、寺僧各集會、相傳、慈覺大師歸朝日、祈順風於麻多羅神、歸, 者也、寺中行者著紙衣乘牛、出上宮王院前、高聲讀誦祭文、悉懺悔之詞、古寺僧, 寺牛ノ祭ノ祭文也、惠心源心僧都ノ作ト云云、應永九年九月十二日夕書之, 十二日、太秦廣隆寺牛祭, 太秦牛祭繪詞一卷あり、奧書に、右九月十二日、太秦廣隆, 交勤之、然其事以〓謔、近世使行者修之、法會終後門前有相撲、, 〔日次紀事〕, 考古畫譜, 〔擁書漫筆, 太秦牛祭繪一卷, 〕, 信歟, ○祭文, 略ス、, 増補, 九月, 十三, 訂正, 二, 牛祭祭文, 撲アリ, 門前ニ相, 高田與清, 詞考證, ハ源信ノ, ノ牛祭繪, 作, 長和元年九月十一日, 五三四

割注

  • ○祭文
  • 略ス、
  • 増補
  • 九月
  • 十三
  • 訂正

頭注

  • 牛祭祭文
  • 撲アリ
  • 門前ニ相
  • 高田與清
  • 詞考證
  • ハ源信ノ
  • ノ牛祭繪

  • 長和元年九月十一日

ノンブル

  • 五三四

注記 (37)

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