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の人此物語の奇妙なるに驚きて、たかためにもよからぬ作りことゝしるへし、, 又云、其後次第に書くはへて、五十四帖になして奉りしを、, 老比丘筆を加ふ, るところなり云々、, されとも自然の事なるへしとあり、爲章か料簡ならは、自然の事まてもなく、一向に, 白殿筆を加へ給ひけるとかけり、細流抄には、此奧書の事をさのみうけかはすして、, さ、式部か才をおとして自慢の筆は、入道殿の御爲にもものうき書さまなり、無下, 妄傳と申へし、その故は、上に載る段々みなもてうけかたけれは、この奧書の事も, 今按、正徹法師なとも此説を信して、紫式部かことのはとして、藤氏の長者御堂關, かくのことくいはけなく我慢の奧書かき給ふへからす、此奧書といふ物のいはけな, 又なそらへて知へし、且道長公奧書かき給ふへくは、いまた殿といはれておはさん, 年作り置たる源氏一部御所望ありとても、入道殿今はひたすら修行專一の御心にて、, 入道して法成寺にこもりおはさむ後、たとひ齋院より上東門院へ、式部か先, 程の事なるへきに、老比丘の詞あたらす、又寛弘より十餘年のち寛仁二年に、道長, 細流抄云、凡日本の國史は三代實録、光孝天皇仁和二年八月まての事を記して、其後, 公, 長和五年四月二十九日, 五十, 四歳, ニ掲グ, ○中略、上, ヲ駁ス, 道長加筆説, 長和五年四月二十九日, 三三八
割注
- 五十
- 四歳
- ニ掲グ
- ○中略、上
頭注
- ヲ駁ス
- 道長加筆説
柱
- 長和五年四月二十九日
ノンブル
- 三三八
注記 (25)
- 312,674,59,1942の人此物語の奇妙なるに驚きて、たかためにもよからぬ作りことゝしるへし、
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