『大日本史料』 2編 14 寬仁2年12月~3年9月 p.240

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伊豫三島縁起, 六十八代後一條院以降、寛仁三年, して山廻れり、此圓なる海渡東西半里、南北も同しかるへし、此間風景よし、船越より, 太宰管内志, 二月廿七曰、新羅軍對島來、氏子近清彼軍誅、, 朝野群載、廿卷、寛仁三年三月刀伊國賊入寇件に、十一日未明、同國早良郡至志摩郡船, 志摩郡かやの入海は、芥屋村の西南野邊崎と云處と、船越山坤方の崎、鷺首と云處の間, るなり、, 天神第六代面足尊・惶根尊末孫代々異國敵誅伐目録, さて志摩郡船越村あり、貝原翁云、, 風景よろしからす、龍王社前と向の新町前なる迫門間七八町あり、是より東方へ海圓に, より東方、惣て一里餘あり、されとも岐志新町より西方野邊崎まての間は、海廣くして, 越津、云々とあり、船越は不那古之と訓へし、名義は船を引越す處なるに依て、負せた, 新町方に浦傳に行廻る處、又面白し、又船越西北の海邊、龍王社前に大なる松あり、本, 舟越津, 之四舟越津, (盆軒), 寛仁三年四月二十七日, 越の間をこきめくれは、みちとほき故に、洲上を南北, 山の多和より、舟を引越スこと、古事記の内にも見えたり、さて和名抄に、志摩國英虞, たかひに引越けるによりて、引津といひ、船越といふ、, 郡船越、筑後國竹野郡船越なともあり、引津の北につゝきて船越ノ浦あり、貝原翁云、, 志摩郡なる久我・船越の兩村は、岐志村より南一里にありて、海中の洲なり、其西は山なり、洲, ○上, の横二十間餘あり、洲の南北兩方は海なり、北は可也ノ海、南ハ引津なり、いにしへ久家ノ浦と船, 志摩郡, 未, 上筑前之四, 略, 己, 伊豫三島社, ノ防戰, ノ氏子近清, 舟越津ノ位, 船越村, 置, 寛仁三年四月二十七日, 二四〇

割注

  • 越の間をこきめくれは、みちとほき故に、洲上を南北
  • 山の多和より、舟を引越スこと、古事記の内にも見えたり、さて和名抄に、志摩國英虞
  • たかひに引越けるによりて、引津といひ、船越といふ、
  • 郡船越、筑後國竹野郡船越なともあり、引津の北につゝきて船越ノ浦あり、貝原翁云、
  • 志摩郡なる久我・船越の兩村は、岐志村より南一里にありて、海中の洲なり、其西は山なり、洲
  • ○上
  • の横二十間餘あり、洲の南北兩方は海なり、北は可也ノ海、南ハ引津なり、いにしへ久家ノ浦と船
  • 志摩郡
  • 上筑前之四

頭注

  • 伊豫三島社
  • ノ防戰
  • ノ氏子近清
  • 舟越津ノ位
  • 船越村

  • 寛仁三年四月二十七日

ノンブル

  • 二四〇

注記 (38)

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