『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 4 p.287

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紀伊國名所圖會初集三卷, 茶屋跡とは南部庄道村に在、御鳥羽院熊野御幸の時の古跡也となり、, もに在田といふ所ありといへとも、兩所なから村の名にして, 牟婁郡、秋津野に起帆立島に終、熊野三所の事その略をのせたり、按るに、是書門目を, 文の序およひ凡例六則を載たり、抑當國は國界封域の廣き、名區佳境の多き、一擧にー, わかたす、序次亦紛雜すれとも考證頗る見るへし、かの子目煩して且亂るゝものに比す, て海に入、慈鎭の歌、松草集に未勘とあれとも、和名鈔に美濃國多藝郡・豐後國海部と, 郡の名にはあらす、當國は一郡の名にして、然も大河なる故、便ありてすてかたけれは, 爰にあらはすといふ、尤理あるに似たり、曰高郡、白崎におこり御茶屋跡におはる、御, れは、これなきの勝れるにしかす、, て盡すことあたはされは、此篇, 在田郡、蕪坂に起り奥野に終、在田川の下に、此川の源高野山より出て箕嶋といふ所に, 高市志友撰、體裁秋里舜福か都圖會にならへり、文化八年刊行す、前權中納言持豐卿和, は名草・海士の二郡およひ那賀郡の内貴志川の西, 第四卷, 按るに、村の名といふもの誤なり、, 和名鈔に載るはみな郷名のみなり、, 五册, 刻本, 兼て云、, 二集を, 芝山持豐和文, 文化八年刊, 高市志友撰, 名草海士ノ一、, 郡及那賀郡ノ, 熊野三所ノ事, 一部ヲ載ス, 序, 別紀第十七(紀伊), 二八七

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  • 按るに、村の名といふもの誤なり、
  • 和名鈔に載るはみな郷名のみなり、
  • 五册
  • 刻本
  • 兼て云、
  • 二集を

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  • 芝山持豐和文
  • 文化八年刊
  • 高市志友撰
  • 名草海士ノ一、
  • 郡及那賀郡ノ
  • 熊野三所ノ事
  • 一部ヲ載ス

  • 別紀第十七(紀伊)

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  • 二八七

注記 (31)

  • 705,643,73,843紀伊國名所圖會初集三卷
  • 1351,698,57,1761茶屋跡とは南部庄道村に在、御鳥羽院熊野御幸の時の古跡也となり、
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