『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 3 p.142

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池は、中野善福寺といふ寺の地内より筋違に此井の頭の池といふ有と江戸總鹿子にあれ, さふのふをぬのと心得たるは不甘心なり、布はふのかな書なり、是は麻生なり、生はよ, とも、井の頭の池神田上水の水元武州多磨郡なり、善福寺にも池あり、此池も名水にし, も、倭名鈔より以前萬葉集に多磨河歌あり、其外世々の哥人みな玉川とよめり、但し多, 其説爰に用なけれは略すといへり、是説極て穩當、國名郡名其餘の地名みなかくのこと, ふ、井の頭の池と同所のやうに心得るは誤なり、混すへからす、また井草流といふあり、, るへからす、和語に字音を解はすへてあしく、麻布をあさぬのゝさとゝいふ人あり、あ, く説へきなり、又神田も當國の古き地名なり、和名鈔に湯島ありて神田なし、井の頭の, るなるへし、むさしも武器をおさむるなとの説不甘心なり、むさしの詞を以て解すへし、, て雜色村といふ所にて井の頭の流れと落合て神田上水の助水となる、凡三里はかりとい, とすへし、和名類聚鈔に武藏國府在多磨郡多磨とある時はたまに必せりといふへけれと, 波河實名にて、哥にて詞の優なるに付て玉川といひ、夫より世こそりて玉川といふ歟と、, 田澤義章かむさし野地名考に、多磨郡布多村を布おほきをもて名にせるにやとあるは然, もきふなとのふなり、麻よく生る所にて、こゝの麻を手つくり布に織て、玉川にさらせ, 是は小瀧橋より二里ほとへたてゝ、井草村法華宗妙正寺といへる寺の地中に池あり、竪, 井ノ頭池, 善福寺池, 井草流, 編脩地誌備用典籍解題卷之十一, 一四二

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  • 井ノ頭池
  • 善福寺池
  • 井草流

  • 編脩地誌備用典籍解題卷之十一

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  • 一四二

注記 (20)

  • 608,764,57,2252池は、中野善福寺といふ寺の地内より筋違に此井の頭の池といふ有と江戸總鹿子にあれ
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