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をしらす、歸路は前の路をかえて赤羽根越といふかたを記し、伊勢の國多氣の里、宣長, その辨する所一々考據あらさることなく、かつ地形によりて論したれは、かの臆度にい, とうけられすといふ、大原の里を持統天皇の藤原宮といへと、香山とへたゝりたれは、, 人はかたりしといふ、飛鳥の社のあたり、世に鎌足大臣うまれ給ひし所といふあり、い, 萬葉の歌にあはす、藤原の藤原は別に香山のあたりにありけんかしといひ、御鏡の池と, てたるとことなり、しかれとも水分をみつわけと僻讀して異所の山にし、みくまりをな, するところの半町はかり右のかたに、ちさき森ありて中に社をたてるは、懿徳天皇の御, を、神武天皇の御陵と云つたへたれと、さらに御陵のさまとはみえすといへり、案るに、, いふあり、埴安の池これなりといひし人あれとも信しかたしといひ、畝火村にいらんと, 寅のかたにあたる田の中、松櫻一本つゝおひて、わつかに三四尺はかり高さなる塚ある, は、かた〳〵いふかしと云、四條村の一町はかり東、畝火山よりは五六町もはなれて丑, 陵といふなれと、そは此山の南まなこの谷の上とあるあはす、又御陵のさまにもあらね, まりて御子守とすといひ、〓瀧は〓の形ににたれはなりなとゝいふは、いまたその是非, 吉野の花侯は立春より六十五曰にあたる頃綻と世にいへと、この二月のつこもりかたあ, たたかなりしにや、例の年よりもはやくして、過し三日四曰はかり盛りとはすへしと甲, イフ森, 懿徳天皇陵ト, 神武天皇陵ト, 御鏡ノ池, 藤原宮, イフ塚, 大原ノ里, 遊紀第三, 二七一
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- イフ森
- 懿徳天皇陵ト
- 神武天皇陵ト
- 御鏡ノ池
- 藤原宮
- イフ塚
- 大原ノ里
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- 遊紀第三
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- 二七一
注記 (24)
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