『大日本史料』 1編 6 延長 5年11月~承平5年雑載 p.571

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山とよふはかりの築造さまのあるへき理にあらす、よりて此等の説は採, らす、丸山はいと高く大きなる峯にて、御陵の西のうへに屹立せり、是はた, これも一つの證なるへし、しかるに原谷の岩窟、また大内山の丸山を此御, 地名多かるたくひなるへし、されと今此袖倉の名はのこらす、知る人もな, とおもはるゝものも見えす、殊に不置國忌山陵との御遺詔なれは、かく丸, の象存りて、いさゝか水溜りたり、是池尾山といふに由縁ある地勢なれは、, し、又編年集成大内山陵の注に、仁和寺奧池尾山とみえたるは、此御陵の地, をいへるなり、此地の北にあたりて、宇多の古池とて大かた埋りたれと、池, た丸き山のかたちなる故の名にて、各所に御陵の字に丸山といふが、をり, 陵に當たる説もあれと、原谷は大内山より東北にありて、大内山の地にあ, をりきこゆるに拘泥て、かくおもひたかひたるなるへし、又此丸山に古墳, 用さるなり、しかれは彼大内山の宇多家こそ、御陵にまきれなきこと明白, なり、, 〔陵墓一覽〕宇多院天皇陵京都府山城國葛野郡宇多野村、, 宇多ノ古, 池, 承平元年九月六日, 五七一

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  • 宇多ノ古

  • 承平元年九月六日

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  • 五七一

注記 (18)

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