『大日本史料』 1編 6 延長 5年11月~承平5年雑載 p.569

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山のうちに最高く大きなる峯にて、, 山よりは、遙に東北にありて、大内山といふへき地にあらす、又丸山は、大内, 山とはよへと、天然の大山にて、墳墓の類の築山にあらざれは、御陵なとに, 參議藤原朝臣高定、紀伊守橘朝臣兼朝, とも、その近わたりの人々の知らさる事はあるましき事なりけり、よしや, そありけむ、もし今の丸山はかり高大なる御陵ならは、御室にて祕し給ふ, 當るへき山にあらす、もとより不置國忌山陵との御遺詔なれは、丸山とよ, 見えて、當昔御遺詔の旨なとありて、御室にては、殊に祕置給へりしものに, さる類と思ひ取て、御陵ならむと云へるならめど、是は山の形によりて、丸, し、是は諸方の古墳に、丸山なと字によへるが多かるにつきて、この丸山も, 永五年六月廿一日の條に、今日依異國事、被發遣山陵使、御陵七箇所、大内山, ぶばかりに、築立たる山陵はあるへき理なきことならすや、既く吉續記文, をそれなりといひ、山陵志に、丸山の頂をそれなりといへれと、原谷は大内, の此處なるへき事の一の證とそ云てまし、さるを雍州府志に、原谷の岩窟, などいふことも, 頂上に御陵といふへき物無, 御陵の西, ○以下前掲ノ本書, ニ同ジケレバ略ス, 上にあり、, 丸山ハ御, 陵ニアラ, 原谷及ビ, ズ, 承平元年九月六日, 五六九

割注

  • 御陵の西
  • ○以下前掲ノ本書
  • ニ同ジケレバ略ス
  • 上にあり、

頭注

  • 丸山ハ御
  • 陵ニアラ
  • 原谷及ビ

  • 承平元年九月六日

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  • 五六九

注記 (26)

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