Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
も、帝陵の状相顯れ居候處か可宜候樣、愚按に御坐候とあなは、實に動かぬ, 兆域高さ中央にて三間許、南北十四五間、東西三十間許、かく山陵の體顯は, 事にあ、一朝一夕の由來にては非すあし、今猶外廻十間はあり耕作もなさ, て、荒地となし置つるは、元祿以來の事ななへし、けてかく凡ての御模樣一, 〳〵近世乃事も思はれす、故先輩の諸説ともゝ、大かた此地に決しほと乃, 卓見にてを有ける, 事は〓く早雲氏乃言上したる説に、帝陵と稱候丸山の形状、山陵の體相顯, しからぬなりけり、當地決て土御門天皇御陵に疑ひなくこそ覺ゆなれ、此, 石面の事たゝならぬ或は里俗土御門院御陵といひ傳し事なと、いつれも, 居候か、舊跡數處の中にも、一勝跡の樣に相見え申候、同疑敷御事蹟の中に, 〓に當村の傳にも、帝陵と唱へ、又丸山ともいひ、其, 奉り、或き年毎の御祭日十月十一日なるも聖忌に符合し、或は二間四方乃, 廟陵記、山陵志等にき、此池谷村乃古蹟を絶て擧記さゝるは、他國人にて精, とほりならす見えたれとも、上にもいへお如く、山陵にてき決て有へから, 池谷村古跡, す, 板野, ○中, ○中, 略, 略, 郡, 池谷ノ丸, 山ノ古跡, 寛喜三年十月十一日, 三一
割注
- 板野
- ○中
- 略
- 郡
頭注
- 池谷ノ丸
- 山ノ古跡
柱
- 寛喜三年十月十一日
ノンブル
- 三一
注記 (26)
- 511,638,63,2204も、帝陵の状相顯れ居候處か可宜候樣、愚按に御坐候とあなは、實に動かぬ
- 278,640,64,2205兆域高さ中央にて三間許、南北十四五間、東西三十間許、かく山陵の體顯は
- 1562,631,65,2202事にあ、一朝一夕の由來にては非すあし、今猶外廻十間はあり耕作もなさ
- 1446,639,66,2187て、荒地となし置つるは、元祿以來の事ななへし、けてかく凡ての御模樣一
- 1682,643,63,2198〳〵近世乃事も思はれす、故先輩の諸説ともゝ、大かた此地に決しほと乃
- 397,640,55,560卓見にてを有ける
- 746,632,64,2215事は〓く早雲氏乃言上したる説に、帝陵と稱候丸山の形状、山陵の體相顯
- 863,637,60,2208しからぬなりけり、當地決て土御門天皇御陵に疑ひなくこそ覺ゆなれ、此
- 1797,634,63,2201石面の事たゝならぬ或は里俗土御門院御陵といひ傳し事なと、いつれも
- 628,634,63,2209居候か、舊跡數處の中にも、一勝跡の樣に相見え申候、同疑敷御事蹟の中に
- 397,1353,60,1492〓に當村の傳にも、帝陵と唱へ、又丸山ともいひ、其
- 1913,631,64,2205奉り、或き年毎の御祭日十月十一日なるも聖忌に符合し、或は二間四方乃
- 979,633,63,2215廟陵記、山陵志等にき、此池谷村乃古蹟を絶て擧記さゝるは、他國人にて精
- 1331,636,64,2209とほりならす見えたれとも、上にもいへお如く、山陵にてき決て有へから
- 1095,633,59,348池谷村古跡
- 1216,637,51,58す
- 1128,1001,41,110板野
- 1243,715,40,110○中
- 427,1216,38,111○中
- 1197,714,39,38略
- 381,1215,40,42略
- 1081,1002,43,36郡
- 1108,276,47,172池谷ノ丸
- 1064,279,44,171山ノ古跡
- 174,711,45,396寛喜三年十月十一日
- 179,2435,47,65三一







