『大日本史料』 2編 21 万寿元年12月~2年7月 p.170

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し八十はかりにて、よろつにあはれなるものにおほしめしはくゝませ給つるに、おくれ, いへとも、それそら貞信公の御すゑにおはしませは、これをよそ人とおもひまうすへき, たれは、まことに希有〻々の御さいはひなり、皇后宮ひとりのみすちわかれたまへりと, みえさせ給、御としなとも、たゝいまはいとかくおはしますへきにもあらさりつるに、, たてまつりたるほと、いへはおろかにいみしきに、なに事もなくて、たゝきえにきえい, ゆのませなとすれと、かへしつゝまとふ、ことはりにいみしくなん、, ことかは、しかれは、たゝよのなかは、この殿の御ひかりならすといふことなきに、, あさましくゝちをしう心うくのみ、誰もおほしまとはせ給、御めのとのしきふのせん, りて、ものもおほえねは、むすこのゑもんのたいふむねたかきて、よろつになくさめ、, 「この入道殿下の御一門よりこそ、太皇大后宮・皇大后宮・中宮三所いておはしまし, この春こそは、うせたまひにしかは、いとゝたゝ三后のみおはしますめり、, 〓扶桑略記〕, □、太政大臣道長上、, 萬壽二年三月二十五日, 〔大鏡〕〓東松委三氏本, 〔大鏡, ○富岡本ヲ, 以テ校ス、, ○上, 二十八, 後一條天皇, 略, ○東松公三氏本, ○藤, 〓〕〓東松委三氏本, 五, 御乳母式部, 宣旨氣絶ス, 一七〇

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  • ○富岡本ヲ
  • 以テ校ス、
  • ○上
  • 二十八
  • 後一條天皇
  • ○東松公三氏本
  • ○藤
  • 〓〕〓東松委三氏本

頭注

  • 御乳母式部
  • 宣旨氣絶ス

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  • 一七〇

注記 (29)

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