『大日本史料』 3編 1 応徳3年11月~寛治4年雑載 p.221

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くの事はいはす、只御供仕へしと計そいひける、義光、此度の下向、物さはか, ともに下りて、つゐに足柄の山迄來にけり、彼山にて、義光馬をひかへてい, 是より歸り給へといふを、時秋なを承引せす、又云事もなし、其時義光、時秋, るへからすと、しきりに止るを聞す、しゐてしたかひ給けり、力及はてもろ, しき事侍りて馳下也、伴ひ給はん事尤本意なれとも、此度におきてはしか, はく、止め申せ共用給はて、これ迄伴ひ給へる事、其志あさからす、去なから, かけて馳下けり、近江國鏡の宿につく日、花田のひとへ、かり衣にあをはか, まきて、引入烏帽子したる男、おくれしとはせきたるあり、あやしう思ひて, 此山には、さためて關もきひしくて、たやすくとをす事もあらし、義光は所, か思ふ所を悟りて、のとかに打寄て馬よりおりぬ、人をとほくのけて、柴を, 職を辭し申て都を出しより、命をなき物になして罷むかへは、いかに關き, 下らんとしけるを、御ゆるしなかりけれは、兵衞尉を辭申て、陣につか袋を, 見れは、豐原時秋也けり、あれはいかに何しに來りたるそと問けれは、とか, ひしくとも憚るまし、かけ破て罷通るへし、それには其用なし、すみやかに, けるとき、義光は京に候て、かの合戰の事をつたへきゝけり、いとまを申し, 足柄山ニ, 時秋義光, 鏡宿ニ著, ニ從フ, 義光近江, 著ス, 寛治元年九月二十三日, 二二一

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  • 足柄山ニ
  • 時秋義光
  • 鏡宿ニ著
  • ニ從フ
  • 義光近江
  • 著ス

  • 寛治元年九月二十三日

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  • 二二一

注記 (23)

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