『大日本史料』 3編 1 応徳3年11月~寛治4年雑載 p.304

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といふ、景正かいふやう、弓箭にあたりて死するはつはものゝのそむとこ, 薄金の甲は此ときうせたり、助兼ふかくいたみとしけり、國司、武衡あひく, ゝめ、顏ををさへて矢をぬきつ、おほくの人是を見聞、景正かかうみやうい, したりけるを、首をふりて身をたはめたりけれは、かふとはかりをうちお, にたつ、將軍これをかんして、薄金といふ鎧をなんきせたりける、岸ちかく, ろなり、いかてか生なから足にてつらをふまるゝ事あらん、しかし汝をか, たきとして、われ爰にて死なんといふ、爲次舌をまきていふ事なし、膝をか, せめよせたりけるを、石弓をはつしかけたりけるに、すてにあたりなんと, つてこれを射、近きものをは、石弓をはつして是をうつ、死するもの數をし, きやうなし、岸たかくして壁のそはたてるかことし、遠きものをは、矢をも, とされにけり、甲おちける時、本鳥きれにけり、かふとはやかてうせにけり、, らす、伴次郎慊仗助兼といふ者あり、きはなきつはものなり、つねに軍の先, て、あけさまにつかんとす、爲次おとろきて、こはいかになとかくはするそ, よ〳〵ならひなし、ちからをつくしてせめたゝかふといへとも、城おつへ, はゝりぬと聞て、いよ〻〻いかる事かきりなし、國の政事をとゝめて、ひと, 寛治元年十二月二十六日, 金澤棚ノ, 防備, 義家軍法, 助兼ノ武, ノ整備ニ, 薄金ノ鎧, 苦心ス, 勇, 寛治元年十二月二十六日, 三〇四

頭注

  • 金澤棚ノ
  • 防備
  • 義家軍法
  • 助兼ノ武
  • ノ整備ニ
  • 薄金ノ鎧
  • 苦心ス

  • 寛治元年十二月二十六日

ノンブル

  • 三〇四

注記 (26)

  • 1693,760,52,1948といふ、景正かいふやう、弓箭にあたりて死するはつはものゝのそむとこ
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