『大日本史料』 3編 1 応徳3年11月~寛治4年雑載 p.312

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

の愛妻愛子ともなり、城中におらは、夫ひとりくひて、妻子に物くはせぬ事, ろほひに及ふといへとも、天道將軍の心さしをたすけ給ひけるにや、雪あ, とく盡くへきなりといふ、將軍是を聞て、尤しかるへしといひて、降る所の, なりともとく落んとねかふ、此くたる所の稚女童部は、城中のつはもの共, とにそのあかつきなんおちけり、人是を神なりとおもへり、すてに寒の」, をあふるへしといふ、資みちこのよしを奉行す、人あやしく思へとも、將軍, わつかに十三にして、將くんの陣中にあり、よるひる身をはなるゝ事なし、, 夜半はかりに將くん資みちをおこしていふやう、武ひら、家ひら、こん夜落, へし、こゝへたる軍とも、をのノ〵すへしたるかり屋ともに火をつけて、手, あるまし、おなしく一所にこそ餓死なんすれ、しからは城中の粮今すこし, のをきてのまゝに、かり屋ともに火をつけて、をの〳〵手をあふるに、まこ, やつともみな目の前にころす、これをみて永く城戸をとちて、かさねてく, へてふらす、武ひら、家衡、食物こと〳〵くつきて、寛治五年十一月十四日の, 〔奧州後三年記〕下藤原の資道は、將軍のことに身したしき郎等なり、年, たる者なし、, ノ〓出者, 等ノ〓出, 義家武衡, ヲ豫斷ス, 城中ヨリ, 義家資通, ヲシテ將, ヲ誅ス, 金澤ノ柵, 士ニ煖ヲ, 陷落ス, トラシム, 寛治元年十二月二十六日, 三一二

頭注

  • ノ〓出者
  • 等ノ〓出
  • 義家武衡
  • ヲ豫斷ス
  • 城中ヨリ
  • 義家資通
  • ヲシテ將
  • ヲ誅ス
  • 金澤ノ柵
  • 士ニ煖ヲ
  • 陷落ス
  • トラシム

  • 寛治元年十二月二十六日

ノンブル

  • 三一二

注記 (29)

  • 1705,754,54,1956の愛妻愛子ともなり、城中におらは、夫ひとりくひて、妻子に物くはせぬ事
  • 460,752,56,1950ろほひに及ふといへとも、天道將軍の心さしをたすけ給ひけるにや、雪あ
  • 1500,756,51,1948とく盡くへきなりといふ、將軍是を聞て、尤しかるへしといひて、降る所の
  • 1809,755,52,1956なりともとく落んとねかふ、此くたる所の稚女童部は、城中のつはもの共
  • 566,753,52,1941とにそのあかつきなんおちけり、人是を神なりとおもへり、すてに寒の」
  • 773,753,53,1951をあふるへしといふ、資みちこのよしを奉行す、人あやしく思へとも、將軍
  • 1084,759,52,1961わつかに十三にして、將くんの陣中にあり、よるひる身をはなるゝ事なし、
  • 978,751,54,1956夜半はかりに將くん資みちをおこしていふやう、武ひら、家ひら、こん夜落
  • 876,763,52,1941へし、こゝへたる軍とも、をのノ〵すへしたるかり屋ともに火をつけて、手
  • 1602,755,51,1953あるまし、おなしく一所にこそ餓死なんすれ、しからは城中の粮今すこし
  • 669,755,53,1942のをきてのまゝに、かり屋ともに火をつけて、をの〳〵手をあふるに、まこ
  • 1397,755,49,1952やつともみな目の前にころす、これをみて永く城戸をとちて、かさねてく
  • 356,762,54,1935へてふらす、武ひら、家衡、食物こと〳〵くつきて、寛治五年十一月十四日の
  • 1166,698,96,2013〔奧州後三年記〕下藤原の資道は、將軍のことに身したしき郎等なり、年
  • 1293,752,49,313たる者なし、
  • 1378,437,36,146ノ〓出者
  • 948,434,35,149等ノ〓出
  • 985,435,40,150義家武衡
  • 907,438,38,142ヲ豫斷ス
  • 1417,432,35,148城中ヨリ
  • 869,433,37,150義家資通
  • 831,438,34,144ヲシテ將
  • 1337,435,36,102ヲ誅ス
  • 382,434,37,150金澤ノ柵
  • 789,436,38,143士ニ煖ヲ
  • 341,434,38,103陷落ス
  • 757,436,26,141トラシム
  • 1912,821,41,427寛治元年十二月二十六日
  • 1911,2353,40,107三一二

類似アイテム