『大日本史料』 3編 1 応徳3年11月~寛治4年雑載 p.879

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當社供祭所之條、寛治以來代々宣旨以下勅裁分明也, 周防國佐河牛島御厨, 〓負たりける參られたり、惟家辨勘當仕れと仰あれは、南に向て矢をはな, えす承り候、番の者に參れと召けれは、〓衣冠にいちひたゝりたる人平胡, 〔賀茂注進雜記〕, けられける間、三ケ日に當りて、惟家辨血を吐て卒去せり、是は棚尾社の御, 伊豫國宇和郡六帖網, 豐後國水津木津, 前にけたかき人參せ給ひて、惟家辨勘當仕候はんと申、御返事は何とも聞, 同四年に、當神領寄進まし〳〵ける比、, 抑御厨供祭人者、莫附要所令居住之間、所被免本所役也、仍櫓棹通路濱可爲, 社家の申文を惟家辨に付て奏聞申事有けるに、詰り笑はれて、他の辨につ, 紀伊國紀伊濱, 豐前國江島, 讚岐國内海, 伊豫國内海, 幸附祈願靈驗等, 乾行幸官幣御, 見舊, 記, 寛治四年七月十三日, 八七九

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  • 幸附祈願靈驗等
  • 乾行幸官幣御
  • 見舊

  • 寛治四年七月十三日

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  • 八七九

注記 (22)

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  • 1113,977,54,752周防國佐河牛島御厨
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