『大日本史料』 3編 27 保安2年5月~保安2年11月 p.329

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とゝの御賀せさせ給とて、長治元年しはすのはつかあまり、, こゑて、御くしおろし給へりき、おとうとのひめきみを子にし給て、御堂をもゆつり給, てまつりて、こうかのきしのみのり、こかねのもしになゝまき、たたのもしの御經なゝ, そち、うつしたてまつりて、僧綱・有識なと七人しやうせさせ給て、くやうしたてまつ, ひせさせ給ひ、御みきゝこえかはしなとして、いひしらすめてたくきゝたてまつりしか、, その殿に參る僧のかたり侍しは、るりのみくにの佛の、人のたけにおはします、かきた, たり給て、御佛供養の後、まひ人・かく人なと左右のまひなとして、後にはおほみあそ, 又このゑの御門の御はゝ女院も、左のおとゝのをむむすめのうみたてまつりたまゑると, ひめきみは、ふけの入道おとゝのきたのかたにておはせし、のちには御堂のこせなとき, へるは、堀河の大納言のこの辨にくし給へりけるとかや、それもさまかゑておはすとそ、, きこへたまひき、, て、おむかしたてまつり給ときゝ侍しこそ、むかしのこときゝ侍やうにおほえ侍しか、, り給へる、一家のかむたちめ・殿上人、太上のおほゐ殿の内大臣と申ゝよりはしめてわ, この堀河殿、七十になり給しとし、御子の堀河の大納言殿、右近衞の督と申ゝ、ちゝお, ほりかは殿に, 二十五日ト見ユ, ○殿暦二十二月, 任子, 七十賀, 女, 保安二年十一月十二日, 三二九

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  • 二十五日ト見ユ
  • ○殿暦二十二月

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  • 任子
  • 七十賀

  • 保安二年十一月十二日

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  • 三二九

注記 (22)

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